「そこに意図的な”嘘”が生まれて、外連味のある画になる気がしています。」まんきき41号『思えば遠くにオブスクラ』靴下ぬぎ子先生インタビュー

火事で住居を失った28歳のフリーカメラマン・片爪。引っ越しを余儀なくされた彼女が次に住むと決めた場所はドイツで…?特に大志もなく、フラリと海外移住した彼女はどうなってしまうのか。主人公と同じくドイツに移住した著者が描く海外移住物語。ドイツでの日本人の生活やごはん事情が盛りだくさん、読めばプチ旅行気分を味わえます。

“ここ”じゃなくても自分がある
だからどこにだって行ける
そんな風に世界を楽しめたらいいなぁ

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――― 『ソワレ学級』(徳間書店/コミックリュウ) から久しぶりの単行本刊行となりました。今作の主人公がふらりとドイツに移住したのと同様、先生ご自身も海外に移住されていたとのことで驚きました。どんないきさつだったのでしょうか。
主人公の亜生と同様に、私も戯れ移住です。一度は海外に住んでみたいなとは思ってはいました。丁度、『ソワレ学級』の連載終了がワーキングホリデービザの年齢制限のギリギリだったこともあって、そのタイミングで移住しました。
――― またマンガの執筆をというお考えはあったのでしょうか。
機会があればやりたいなと思っていました。
――― マンガを通じて異国の街を観光しているような楽しさがあります。何か先生の工夫があるのだと思うのですが・・・。
移住ものは異国情緒が大切なので、建物の外装はもちろんですが内装の建具や小物がよりそれを担保するはずなのでそのあたりを気を付けました。亜生達の住んでいる家は、自分の住んでいたアパートや友達の家を参考にして3Dで作って、そこから作画していました。あとはそれらを描くために作画のカロリーを出来るだけあげることですね。
――― 建物や風景、陰影の描写にすごく楽しさを感じます。特に初読時に魅力的に感じた、1話ベルリンテーゲル空港の作画工程について教えていただけないでしょうか。正確に見えながら「マンガっぽい!」と惹かれるところに不思議を感じています。
テーゲル空港を含めた作中で出てきた場所は、資料用に使うので、できるだけ自分で写真を撮りに行ってます。とはいえ、なかなか一枚の写真で背景として完璧なものは撮れないので、複数の写真を合成して下絵に使い、そこからトレースをしました。なので、よくみるとパースが合ってないところがあるんです(テーゲル空港だとバスとかですね)。個人的な意見ですが、あえて見せたいところのパースをずらすと、そこに意図的な”嘘”が生まれて、外連味のある画になる気がしています。その外連味から読者の人が意図を感じてくれて、「漫画っぽい」となるのではないでしょうか。

まんきき41_引用その1

――― 主人公はスコットランドのエジンバラなど色々な土地に足を運びます。様々な都市をご覧になるなかでベルリンのベルリンらしさを感じるところがあれば教えて下さい。
道幅が広くて、近代的な建物がちゃんとまっすぐ建っているところ。よい意味で、地味で暗い雰囲気の街並み。ラフな恰好でゆるい感じの人びと。
――― 料理や食事のシーンもすごく美味しそうに描かれています。
作れるものは自分で作って、トレース用の素材にします。 コントラストを上げると美味しそうに見えるので、出来るだけベタ面を入れるようにしました。1話で出てきたケバブはよく食べました。安いし、どこにでもあるし、大抵美味しい。ベルリンのケバブは、日本で売ってるケバブの1.5~2倍くらいの量があって、ひとつで満腹になります。5話で出てきたトルコマーケットにも自転車で10分圏内だったのでたまに行ってました。ジンジャエールは夫が好きでよく作ってました。わたしは同じスパイス屋さんでクミンやコリアンダーを買ってカレーを作ることが多かったです。

まんきき41_引用その2

――― 海外での執筆活動で不便だと感じること、逆に便利だと感じることはありますか?
不便なこと:以前は23時までやってるWi-Fiと電源があるカフェがないことだったんですけど、コロナ禍になってそれも変わってしまいましたよね。今はそんなに変わらないと思います。便利なこと:住んでるだけである程度ネタになること
――― 片爪さん・石根さん・王子さんといった登場人物たちが纏う雰囲気やその人らしさも今作の魅力です。皆さんモデルになった方などいるのでしょうか?
特にモデルとなる人物がいるわけではないです。プロットの段階で主人公・片爪の性格が決まったので、そこからバランスをみて考えました。
――― 生きる場所を自分で決めていく/決められる、という姿に憧れを持ちます。『ソワレ学級』の登場人物たちにも繋がっているテーマだと思います。先生にとってこれまで転機になったのはどんなことがあったのでしょうか。
私の通っていた高校は平成に作られた東京都の実験校のひとつで、無学年制の単位制、自由主義かつ個人主義な校風でした(『ソワレ学級』の舞台の下敷きにしています)。学校や教師、親からも干渉されることなく、履修科目も何年かけて卒業するのかも、ほとんどすべてを学生が判断して決めていました。中にはこの自由すぎる学校が合わない人もいましたが、私にはすごく合っていて。10代のときに自由主義思想強めの学校で生活したことが、その後の価値観にもつながっているのだと思います。
――― 先生が作品作りに影響を受けたと感じているマンガはありますか?
小さい頃一番読んだ漫画は、川原泉先生の作品です。少し俯瞰した視点で描かれるストーリーと、それを通して感じる高くも低くもない一定の温度感がものすごく好きでした。何度読み返しても新しい面白さがあって、強度のある作品ばかり。作品タイトルもどれもこれもお洒落で、時間が経っても素敵だなぁと思います。大人になってから感銘を受けたのは、豊田徹也先生の作品です。特に『アンダーカレント』(講談社/アフタヌーン) は好きすぎて、人に布教で配ったりして、結局3冊くらい買いました。流れるようなコマ割り、味のあるキャラクター、隙のない作劇、美しい漫画だなと思います。
――― 移住に際して、手放さず一緒に連れてきた本があったら教えて下さい。
ベルリンに引っ越す時、手持ちの本はほとんど裁断して電子化したのですが、どうしても切れない本がいくつかあって、それを実家用の段ボールに詰めました。実際、パッキングしてみたら、1、2冊くらいなら入りそうな余裕があったので、ネームの手助けになりそうな『マンガの創り方 誰も教えなかったプロのストーリーづくり』(山本おさむ/双葉社) と、その近くにあった『瞳子』(吉野朔実/小学館) が目に入って、直観的に手に取ってトランクに詰めました。『マンガの創り方』は商業連載をはじめたころに手に入れた本。作劇術の本はたくさんありますが、装丁もソリッドなので置いてて嫌じゃないですね。高橋留美子先生の短編漫画も参作として載っていて、それも好きです。『瞳子』は大学生の頃に友人に勧められて買った本。淡々とほどよい緩急で進む物語、清涼感のあるオチに相反したちょっとした後味の悪さがたまらなく好きです。祖父江慎さんと芥陽子さんの装丁もかっこいい。
――― いま読者として熱を上げている連載作品(マンガ) があったら教えてください。
最近のものは読めていないのですが『らーめん再遊記』(久部緑郎・河合単・石神秀幸/小学館/ビッグコミックスペリオール) は追って読んでいます。漫画じゃないものだと最近は『三体』(劉慈欣・立原透耶・大森望・光吉さくら・ワンチャイ/早川書房) を買って読み始めました。
――― ドイツではどんなマンガを見かけますか?ドイツならではの流行りものはあったりしますか?
すみません、ちょっと疎くて。3年前くらいに行ったベルリンのLittle Tokyoという本屋さんにドイツ語訳されている日本の漫画は置いてありましたね。
――― 語感がすごくよいタイトルはどのようなプロセスで決まったのでしょうか。
ダジャレに強い友人たちとブレストをして決めました。オブスクラという単語をいれることを軸に、
「見知らぬオブスクラ」
「はじまりはオブスクラ」
「おなかがオブスクラ」
「どこのドイツのオブスクラ」
「思えば遠くにオブスクラ」
っていう案に絞られて、最後はわたしの独断で決めました。「見知らぬ…」が安牌かなあと思ったんですが、内容を伝える事を犠牲にしても語感の良さや引っ掛かりを優先したかったので、友人案の「思えば遠くにオブスクラ」にしました。
――― この後すぐに発売となる下巻収録予定15話での演出が非常に印象に残りました。「表現できる」と捉えられたことに不思議を感じるというか・・・とにかくカッコいいです。これは実体験から得た着想なのでしょうか。
1冊の本の中で1話くらいは、演出に軸足を置いた回があると全体が引き締まるかなと思っていて(上巻だと7話の石根の仕事の回とか)。3Dソフトのカメラをグルグルまわして構図を決めることが多く、レンズを通した視点があるといいかもなと思いついて。撮影者と被写体の関係性は、神視点のカメラで描くよりも、撮影者のカメラそのままで描いた方がダイレクトに伝わりそうだったので採用しました。作画カロリーも低いアイデアだったので挑戦しやすかったってのも本音です。
――― 今作の中で作画カロリー高かったなぁと思い返すのはどのシーンですか?
特定のどこというよりも全体を通してカロリー高めだったのできつかったです。下巻の150pから154pのシーンはカロリー自体は低かったのですが、苦手とする抽象的な描写が必要だったので頭を抱えました。雑誌に載せたものがいまいちしっくりこなかったので、単行本修正の時に大幅に手を入れました。
――― 先生の原稿後の癒やしがあったら教えて下さい!
ひたすらに寝ることです。
――― また下巻では登場人物たちの内側にグッと迫るような、ドキドキする回に引き込まれていきます。今作ではこの3人の着地というのは最初から決めて進めておられたのでしょうか。
オブスクラは、連載開始時は3話確約だったんです。連載中に、5話、7話…と伸びていったので、じゃあ本を想定して縦軸をちゃんと作ろう、と。そのあたりから着地をぼんやり見据えて全体の構成を考えていきました。主人公・片爪の内面の問題を描くために、石根の関係性だけではなく、後輩の王子からの視点や下巻に出てくる洋子との出来事を入れ込みたかったんです。
――― 連載は無事に完結となりました。次回作を楽しみにしていますが、もう取りかかっておられるのでしょうか。
取りかかってはいないですが、構想はいくつかあります。やらせて頂けるなら、描いたことないジャンルに挑戦してみたいです。とはいえ、インプット不足なのでとりあえず色々摂取したいですね。3Dももっと勉強したいですし、アニメーションや他の領域も触ってみたいなと思います。そのための作業用のPCも限界を感じるので新しく組みたいです。
――― 慣れてもきたとも思う海外暮らしですが、この先の生活について何となくお考えのことがあれば教えてください。
決めてないです。嫌でもいつかビザの関係で決めなきゃいけない時がくるので、その時まではぼんやりしてようと思っています。
――― 最後になりますが、はじめて『思えば遠くにオブスクラ』に触れる読者の方に一言お願いできればと思います。
Twitterの告知の仕方に問題があったのかもしれないですが、このお話を実録エッセイと思われる方がいるみたいで…。あらゆる体験がベースにはなっていますが、基本はフィクションの物語です。おたのしみください。
靴下ぬぎ子先生、ありがとうございました!
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