「馴染みのない価値観をガンガンぶつけたい」まんきき37号『東独にいた』宮下暁先生インタビュー

第二次世界大戦で敗れたドイツは、ベルリンの壁が象徴するように2つの国に分かれた。その1つ、東ベルリンに住むアナベル。秘密と恋心を抱える彼女は闘争に巻き込まれていく──。壁に隔てられた不自由で、不条理な世界。そこには真実の恋がある。

本当にそこで生きているように感じられるキャラクターがいる。
ここでしか読めない表現がある。
考え抜いて、試行錯誤してマンガを描いてくれている作者がいる。
新鋭が送るこの意欲作にもっと注目して欲しい!
今回は読者の皆さんにもSNSを通じて質問をお寄せいただきました。
御礼申し上げます。

作品の試し読みはこちら!

――― 初単行本となった『東独にいた』、1巻・2巻と刊行されてご感想はいかがでしょうか。
単行本を発売するまでは本作品への評価がよくわかっていませんでしたが、発売されてからは多くの反響をいただき「自分が面白いと思って描いたものは読者も面白いと思ってくれる!」という自信となりました。なので今はより多くの方に『東独にいた』を知ってもらいたいと思っています。
――― 読者の方からの反応というのも新鮮だと思いますが、意外だったことはありますか?
読者が応援してくれるという点です。これまで多くの方に支えられ生きてきましたが、まだ顔も知らない、出会ったこともない人達からの応援をこんなにも受けたのは初めてで、とても嬉しくもあり驚いてもいます。
――― 今作の重要な舞台設定として「1985年の東ドイツ」という場所、そして時代にたどり着いた理由はどういったところだったのでしょうか。
2人の主人公のそれぞれの視点からの戦争を描きたかったんです、そこで「真逆の信条」がある舞台を着想として辿り着いたのが東西冷戦でした。そして冷戦の象徴とされるベルリンの壁を鍵に舞台として選んだのが東ドイツです。時代と国の転換期に人々はどう生きたのか、それを描きたかったんです。
――― 読者Q.どうして先生は東独や旧共産圏へ興味を持ったのか?理由があるのならば是非とも知りたいです。
日本人にあまり馴染みがない思想体系と歴史があるからです。私はなるべくこの物語で読者の方に馴染みのない価値観をガンガンぶつけたいと考えています。自分がこれまでそういった物語に影響を受けてきたという点もありますが、何より『東独にいた』が読者の方々の心の中にいつまでもひっかかっていて欲しいからです。
――― 先生にとって冷戦はどんなイメージのものでしたか?また実際に作品に取り組んでみてその印象はいかがでしょうか。
核抑止、軍拡競争、代理戦争、いわるゆ教科書に載っている程度のイメージしかありませんでした。しかし『東独にいた』を描くうえで多くの事を調べるうちに記録には残らない多くの人々の水面下での戦いと悲しみがあったのだと知りました。そこに想像を膨らませながら本作を描いています。
――― 祖国をめぐって政府側(MSG)と反政府組織(フライハイト)に立場を別れて戦うアナとユキロウですが、この二人はどのような経緯で確立したキャラだったのでしょうか。
初めは2人とも男にしようと考えていましたが、男女にしたほうが展開が多いと思いアナとユキロウにしました。ユキロウを日系人にしたのは、日本の歴史も絡められたほうが読者に興味を持ってもらえると考えたからです。
――― MSG、フライハイト共に特徴的な顔立ちをしているキャラクターが数多くいます。彼らの生い立ちや、組織に合流するまでのことは既に設定されているのでしょうか。
はい、ほぼ全員のキャラクターに設定されています。作中でそれを描く機会があれば必ず描きたいと考えています。

――― 顔つきだけで”キャラ紹介はないがそれなりの実力者”というのが分かるのもマンガ表現の面白いところだと思います。彼らのデザインで悩んだ点などはありますか?
とにかく「ビジュアル的にカブらない」ということだけは意識しています。そしてこれは持論ですが、性格・行動・思考が際立ってさえいれば外見の特徴はそこまで重要ではないとも考えています。初見ではビジュアルがとても重要ですが、物語を長く見ていれば外見は悪い意味で見慣れていくので、やはり内面にこだわりたいと思っています。
――― 読者Q.MSGの隊員達は対テロ活動中は基本的に制服のみですが、野戦服(レインドロップ迷彩服)等を使用した場面は訓練場面以外では登場する予定はありますか?
はい、あります。突発的な戦闘の場合はその時に着ている私服や制服のまま戦いますが、事前に戦闘準備ができている時やMSG側から戦いをしかける場合は野戦服(戦闘服)を着用します。
――― 読者Q.『サイボーグ009』のメンバーとMSGのメンバーはどちらが強いのでしょうか?作品見ていると互角以上の様な。
考えたことないですが、たぶん009メンバーじゃないですかね(笑)。あちらのほうがより超人的な能力がありますので。ただその能力差をMSGには智略で埋めて欲しいです。
――― キャラクターや感情によってかなり眼を描き分けていますが、この点にこだわりがあるならお聞きしたいです。(個人的にイシドロとノアゾンの眼が好き!)
「目は口ほどに物を言う」といいますし、人が人を見る時は必ず目を最重要視します。なので絵の中で1番力を入れて描いています。キャラクターが全員サングラスをかけていたら物語の面白さは何割減になるのか、考察に値するテーマだと思っています。

――― 登場人物たちの会話が本当にありそうな内容になっていて、今作の非常に魅力的な要素だなと感じています。こういった会話劇を描く際にどんなポイントに気を配っているのでしょうか。
アニメになくて漫画にあるものの1つに活字表現があると考えています。ここに力を注ぎたかったので登場人物のセリフは全て台本から作り始めています。絵を描く時は絵に集中し、セリフを考える時はセリフだけに集中する。漫画は絵とセリフがセットなのでこの様な作り方は敬遠されるかもしれませんが、色んなスタイルの漫画があって良いのかなと思っています。
――― 読者Q.毎回のストーリーを考える秘訣は何ですか?
まずは描きたいシーンから考えます。そこから前後のストーリーを肉付けしていき、物語全体の流れに沿うように調整します。ただ、「よし、話を考えよう!」と思ってストーリーを作り始めるのでは遅いと思っているので、普段の日常の中でもうストーリーはある程度作り上げています。
――― 読者Q.男女問わず、カッコよくも可愛らしいキャラクターが多いですが先生のお気に入りは誰ですか?(見た目でも性格でも)
見た目も性格も好きなのは、主要キャラではありませんが情報部の新人ビアンカですね。結構ダントツです(笑)作中では数少ない未熟なキャラなので愛着があります。
――― 読者Q.何かフェチはありますか?(漫画に関するでなくても結構です)
うーん、、強いて言えば巨乳かなぁ。。(笑)
――― 超人的身体能力をもつ「神軀兵器」という設定の登場人物たちが多彩なアクションを見せてくれるのも作品の魅力です。こういったシーンを描く時に心掛けている事はありますか。
あまりバトルシーンが多いと違う種類の漫画になってしまうので、単行本単位でバトルの分量は決めています。そして、バトルシーン以外はなるべく細かなリアリティを追求したストーリー作りを心がけて、ただの突拍子のない話にならないよう意識しています。
――― 陰影のカッチリとした画面構成に反して可愛らしい擬音や台詞枠外の書き文字、怒りマークなどが見受けられますがこれらは作品に柔らかさも必要と考えてのバランスなのでしょうか。
そこまでバランスを意識しているわけではありませんが、私自身お笑いが好きなので作風に反映されているのかもしれません。でも考えてみれば確かに、ずっとお堅い話をしている作品は目指していない気がします。
――― 連載を経て作画のことで変化したこと、意識されるようになったことはありますか?また連載時から単行本になるにあたって、原稿に修正を加えたりはされましたか?
連載当初は線の太さが一定でしたが、今は強弱をつけて描いています。一定の太さで描かれる絵というのはそれはそれで魅力的な絵になりますが、私の場合そこを魅力的に描くことが出来なかったので、最近は強弱をつけてメリハリを出すように心がけています。原稿にはしょっちゅう修正を入れていますね。。まだまだ未熟な証拠ですが、絵というのは出来上がった時は満足していても時間が経って冷静に見ると全然納得できない絵になっているので修正だらけです。
――― 読者Q.カラーの際、大分画風が変わって見えますがカラーを塗られているのは先生ご自身でしょうか?
背景などはスタッフさんに任せていますが人物は全て自分でやっています。個人的には油絵のようなタッチの古い感じ好きなのですが、それだとウケが悪いだろうなぁと思い、比較的最近主流のカラータッチを取り入れています。
――― 先生の気に入ってるページやコマ、また作画に苦労したページやコマはありますか?(読者Q.『東独にいた』の中で、先生の特に好きな(お気に入りの)シーンはありますか?)
気に入っているページは2巻の第10話のイシドロ登場から戦闘の終わりまでの計7ページです。短いシーンですがやりたいことを凝縮できたと思っています。苦労したのは1巻の第1話です。フルアナログで背景も自分で描いていたので苦労しました。その他には、第6話のビデオでアナを分析するシーンですね。神軀兵器という多分に漫画的な設定を、細かなリアリティで追求していくことがこの物語には必要な要素だと思っています。それがないとただの荒唐無稽なお話になってしまうので。演出的にも漫画にはあまりないアプローチができたと思っていて気に入っています。
――― これまでに影響を受けたマンガ作品、またマンガ以外のジャンルの作品を教えてください。
ハタチを超えてからは明らかに読む漫画の種類が変わりました。テーマ性を持った物語、つまり自分の日常の考え方にも影響をもたらすような漫画を好むようになりました。特に影響を受けたのは鬼頭莫宏先生の作品で、その中に描かれる死生観は、知らない価値観をガンガンぶつけられるような爽快感がありました。あとは映画ですと押井守作品、小説だと森岡浩之作品といった、SFでありながらとことん細かく構築された世界設定などにもすごく魅力を感じ影響されました。
――― 読者Q.最近はまっている映画、漫画、アニメを教えて下さい。
最近見て感動した映画は、少し古くてかなり有名ですが『フォレストガンプ』です。主人公を見て、「ああ、自分もこんな人間になりたいなぁ」と思いました。漫画やアニメはもう数年見ていないです。
――― インターネット上で評判となった作中での「ターミネーター」という単語を巡るやり取りなど、当時の情報レベルを描写するために細やかな資料収集をされていると感じています。苦労が多いのではないでしょうか。
2巻からは監修として伸井太一さんにも見ていただけるようになりましたが、基本的にはまず自分で時代考証をしないといけない、そのうえ舞台が私が産まれる前でしかも海外といった点から苦労することも多いです。しかしそれだけに同ジャンルでの他作品が少ないので読者には新鮮な感覚で読んでもらえるのではないかと思っています。
――― 読者Q.東ドイツの世界観を作り上げるにあたってどのような書籍や映像作品などを参考に漫画を描いているのですか?
東ドイツを実際に生きた人が書いた書物を参考にしています。店に売っているビンが磨耗して白くなっているなど、お固い文献だけからでは伝わってこないリアリティが欲しいからです。映像に関してはなるべくなら東ドイツを舞台にしたドキュメンタリーや映画、それが無理なら当時の共産圏を描写している映像作品ですね。
――― マンガ以外のお仕事を経て現在マンガ家になられたと伺いました。マンガ家を目指すきっかけのようなものはどのようなものだったのでしょうか。
もともと、いつかは漫画家になるために挑戦しようという考えはありましたが、それは他の仕事についてからでも遅くはないと考えていました。日本は挑戦に失敗しても死ぬことはない恵まれた国だなぁと当時も今も思っていたので。(まぁそれは私が独りもんだから思えるのかもしれませんが。。)
――― 読者Q.漫画家さんになろうと思ったきっかけはありますか?
子供の頃は絵を描くことと漫画を読むのことが大好きだったので、これが職業にできたら幸せだろうなぁと思い始めました。おそらくかなり多くの漫画家がそうなんじゃないかと思います。
――― 読者Q.漫画を描きたいと思い始めたのはいつ頃でしょうか?
子供の頃にラクガキのような漫画は描いていましたが、本格的にペン先を使って描き始めたのは会社を辞めてからなので25、6歳の時です。なんでもいいから一生のうちに1つだけでも作品を世の中に残したいと思い描き始めました。
――― 読者Q.絵の練習はいつ頃から始められましたか?
ラクガキは子供の頃からしていましたが、本格的に模写などを始めたのは連載直前です。だから今苦労しているわけですが(笑)
――― 読者Q.作画環境は完全デジタルと伺いましたが、アナログからの移行はスムーズに行えましたか?
最初はアナログ特有の”味”やイレギュラー性のない、デジタルの機械的な線が嫌でした。しかしそれも慣れの問題で、何となくそこをデジタルでも再現出来るようになってきたので今はもうほとんど違和感はありません。
――― 2020年5月現在、世情もかなり変化しました。生活が変わったようなところや作品づくりで思うようなところはあったでしょうか。
連載前は2年間無職だったので、今になって生活が困窮したという意識はないですが、それでも世界に元気がなくなっていることは当然わかっています。これはおためごかしでもなんでもなく、こんな時こそ自分の作品で1人でも多くの人を楽しませたいなと本心で思っています。それぐらいしか、日々応援して下さる人々に報いる手段がないからです。自分の生み出したもので少しでも楽しんでいただけるよう、日々何かを発信していきたいと思っています。
――― 最後に、現在まで『東独にいた』を楽しんでいる読者の方、そしてこれから『東独にいた』にふれる読者の方それぞれに一言お願いいたします。
まずは拙著『東独にいた』を愛読して下さり誠にありがとうございます。1つ確実に言えるのは、皆さんのおかげで日々頑張ることができているということです。今1番ハマってる漫画と言っていただける機会が少なくありません。そんな方々に報いるためにも、面白い漫画にするという気持ちを一時も忘れずにこの作品に取り組むということを約束します。これからも応援よろしくお願いいたします。まだご覧になっていない読者の方々にも、面白い作品だと作者自身胸を張って言えますので、この機会に是非「こんだけ必死に漫画描いてる奴がいるんだ!」と知っていただけたら嬉しいです。
宮下暁先生、ありがとうございました!
先生のイラスト表紙が目印のまんきき37号の頒布店はこちらで案内しています