紛争でしたら八田まで1巻書影

「未だ広い世界をのんびりお楽しみください」 まんきき36号『紛争でしたら八田まで』田素弘先生インタビュー

海外のことがちょっと楽しくなる新連載! 民族、言語、思想。違えばやっぱり、事件は起きる。住む場所変われば、起きる事件も、もちろん変化! それを眼鏡美人・八田百合、チセイ(と荒技)で東南アジアの民族問題、アフリカで起きる恐ろしい事件、ヨーロッパで起きる企業問題を解決!? 荒み疲れ果てた世界を、彼女が救う…!!

第三次世界大戦一歩手前になったイラン情勢、拡がるコロナウィルス
2020年、世界は一体どうなっちゃうの?
そんな時代に僕たちが頼るべきものは・・・チセイ!
知性ひとつで世界を股にかける”八田百合”、こんなにカッコいいキャラがどのようにして生まれたのだろう。田素弘先生に八田の魅力、そして作品づくりのことをインタビュー!

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――― 早速ですが、書店員全員が惚れ込んだ主人公・八田の魅力についてお伺いしたいです!世界の紛争地帯を股にかけ、知性で渡り合う。そんな超カッコいい、でも時にコミカルな八田女史ですが、どんなきっかけで生まれた主人公なんでしょうか。
最初に、担当編集より「世界を舞台にした話が欲しい」と要望がありました。そこで「地政学に通じたリスクコンサルタントが、世界各地で紛争解決する」という設定を作りました。ミャンマー編のストーリーも早々にできていたんですが、主人公の人物像がずっと未確定でした。人物像は連載決定後も変化を続け、半年以上の試行錯誤を経て現在の八田百合になりました。
――― 先生の中で彼女がバシッとハマったと感じたのはどんなときだったのでしょうか。八田が女性として出てきたこともすごく楽しい驚きでした。
高い知性を持つ人物という設定上、制作初期の八田は超然としたとっつきにくい人物でした。様々な一話冒頭を試しましたが、うまくいかず、子供と会話するシーンを描いた時初めて、八田が饒舌になり始めました。八田には大量の知識が詰め込まれていますが、精神年齢は子供と近いようです。アンバランスな部分を見つけて以降、八田がイキイキし始めました。八田の性格決定までは紆余曲折ありましたが、容姿は最初からほぼ変化がありません。「どんな場所でも浮く人物」というコンセプトが常にあり、危険地帯が舞台になるこの話では、清楚な女性である事は必然でした。
――― 毎話気になる服装や、ここぞで飛び出すプロレス技などすごく個性的な八田ですが、先生からはどんなキャラクターに見えていますか。
八田百合は、彼女なりの常識に従い合理的に行動しています。ただ、その常識は世界各地の価値観が複雑に混ざった物で、はたから見ると個性的に写るかもしれません。
――― 世界各地の紛争という、一筋縄ではいかないテーマを扱っている作品です。世界情勢への興味や調査はどのようにされているのでしょうか。
専門的に勉強した事はありませんが、昔から政治や宗教の本が好きでした。調査方法はごく一般的です。調査場所と期間を決め、書籍・インターネットで情報を集め、情報整理しながら要点を掴み、物語を構築する、そんな感じです。
――― 担当編集さんとの打ち合わせではどんなことをお話されていますか?
漫画の性質上、私が情報整理に忙殺されて、人物描写が淡々となる事が多々あります。その為、担当編集から、キャラクター描写や演出の強弱を中心に提案をもらいます。特に八田百合の挙動に気を使ってもらっています。
――― 八田が行くミャンマーやタンザニアでの日常シーン、特に現地の見慣れぬ食事の描写にこだわりを感じています。(取材で実食なども・・・?)
ユリはジャンクフードやゲテモノ料理をよく食べます。健全と言えなさそうなそれらの料理に“活力”を感じています。読んだ方が、恐る恐る注文するような事があればいいな、と考えながら描いています。東京在住なので、実食は割とできます。
――― 先生を構成しているもの(趣味や好きなもの) を3つ挙げるとしたらなんですか?
読書 映画 音楽
――― 作中によく聞いている音楽はありますか?
幅広く聴くので回答が難しいですが、最近でいえばDirty Beaches, Warpaint, The midnightをよく聴いています。昔からでいえばMorrissey, Pj harvey, Thom yorkeなど。
――― 作中のみならず音楽のご趣味からも英国を感じます。特に愛着がある、というところなのでしょうか。
20代の頃、何の考えも無くイギリスに行って、何するでもなく半年程滞在しました。暗い空気感が性に合いました。
――― プロフィールを拝見すると「アパレル、広告、webデザイン・ディレクション業を経て30代後半で脱サラ。初連載『紛争でしたら八田まで』を43歳で開始。」と、色々な経験をされてからのデビューに大変驚きました。マンガを志すきっかけはどのようなものだったのでしょうか。
職種は色々ありますが、すべてデザインに関わる仕事でした。制作が好きだったのですが、年齢が上がり管理職になり、そこから先のキャリアに全く興味が持てませんでした。制作を続けられて、デザインや絵の能力が生かせて、商売になっていそうな業種を考えた時、漫画という回答に至りました。
――― マンガにおいて「デザイン」面で活かせた視点や経験にはどういったものがありますか?
構図やレイアウトなど、「絵作り」で苦しむ事がありません。修正が入っても、より良い方向で提案ができます。制作過程で最も楽しめる時間です。
――― 読者として今作の絵も楽しんでいたので、ご回答になるほどと思いました。1巻に収録された話の中で先生が手応えを感じた箇所があれば教えてください。
「あんたのベットに入ってあげる」の箇所です。一話目は何度も修正を繰り返しましたが、無傷で残った数少ないシーンです。八田らしさが良く出たと感じています。
――― デビュー読み切り作『定時退社でライフルシュート』の掲載から今作の連載まで4年弱の時間がありましたが、この間はどんな準備をされていたのでしょうか。
バイトしながら様々なネームを作っていましたが、全くうまくいきませんでした。困り果てた前編集者が現編集者をサポートに加え、『紛争でしたら~』が生まれました。『紛争でしたら~』は初稿から掲載まで一年程かかっています。
――― 週刊連載という密度の高い〆切は大変ではないでしょうか。いま現在はどんなスケジュールで取り組まれているのでしょうか
基本、極限状態です。スケジュールの基本方針は、「1章分(ミャンマー編など) のネームを作る→1章分の原稿制作をする→休載を入れて次の章のネームを作る」という方針です。ただし、連載間もない現在のスケジュールは流動的です。
――― Q,先生がこれまでにハマってきたマンガ作品を教えて下さい!(同い年ぐらいの人間としては『勇午』を思い出しながら楽しんでいます!(子供の頃、青年期、大人になってからとお伺いできると嬉しいです)
――― 海外コミック全般にハマった、ということでしたがどういった経路を辿られたのでしょうか (私どももほとんど国内のコミックばかり扱っており学びたいと思うところです)
情報に詳しい訳では無く、日本と異質な絵に惹かれて、手当たり次第に買います。好みのイラストレーターを探す感覚です。マイク・ミニョーラ(『ヘルボーイ』) の絵を見て衝撃を受けた事がきっかけでした。
――― 先生が作品作りに影響を受けたと感じるマンガはありますか?
上記したマイク・ミニョーラの『ヘルボーイ』は私の源泉です。どういう訳か社会派物語を作っていますが、私の興味の大半は絵作りにあります。
――― いま読者として熱を上げている連載作品(マンガ)があったら教えてください。
最新情報に疎くてすいませんが、『グラップラー刃牙』『浦安鉄筋家族』はずっと楽しく読み続けています。
――― はじめて絵を描いたときのことを覚えておられますか?
幼稚園児の頃、違和感を覚えながら亀の絵を書きました。クラス全員の絵が張り出されて、違和感の正体に気づきました。私の亀は手足が異常に長く、何で描きながら気づかなかったのか、その後数年悩みました。
――― 先生は交渉における「武力」の存在をどのように捉えていますか?
「外交において」としますが、交渉の場に立つために必要なものと考えています。
――― 「紛争」とはスケールが異なるかもしれませんが、冷戦についてはどのような私見あるいは当時の感想をお持ちでしょうか。
欲望(民主主義) と理想(社会主義) が戦って、理想が自滅した。という感じでしょうか。因みに、私が世界情勢に興味を持ったきっかけは小室直樹先生の著書『ソビエト帝国の崩壊』を読んだ事がきっかけでした。
――― 昨今の関税戦争、そして今回のCOVID-19と、各国が意図の有無を超えてどんどん閉鎖的になっていく印象を持っています。先生が、今後こんなことが起きそうだな、とぼんやりと感じていることはありますか?
「グローバル=正義」の認識に変化がでたのは僥倖と考えています。自由競争が行き過ぎた結果、格差が開き過ぎました。今は閉鎖的になって自国の利益を考えるのも自然だと思います。今後起きる事は、過去の繰り返しと考えています。基本は「愛国風潮が高まる→軋轢が激しくなる→戦争」。ただし、現代は核があり戦争不可能ですので、紛争の増加とサイバー戦争の激化を予想しています。
――― これからの作品をさらに楽しむにあたって、今のうちにニュースに注目しておくとよい地域があったら教えてください。
まずはアメリカ大統領選でしょうか。その結果で、向こう十数年の世界の未来が決まると考えています。
――― 最後になりますが、はじめて『紛争でしたら八田まで』に触れる読者の方に一言お願いできればと思います。
八田百合と共に、未だ広い世界をのんびりお楽しみください。
田素弘先生、ありがとうございました!
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