「そこに意図的な”嘘”が生まれて、外連味のある画になる気がしています。」まんきき41号『思えば遠くにオブスクラ』靴下ぬぎ子先生インタビュー

火事で住居を失った28歳のフリーカメラマン・片爪。引っ越しを余儀なくされた彼女が次に住むと決めた場所はドイツで…?特に大志もなく、フラリと海外移住した彼女はどうなってしまうのか。主人公と同じくドイツに移住した著者が描く海外移住物語。ドイツでの日本人の生活やごはん事情が盛りだくさん、読めばプチ旅行気分を味わえます。

“ここ”じゃなくても自分がある
だからどこにだって行ける
そんな風に世界を楽しめたらいいなぁ

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――― 『ソワレ学級』(徳間書店/コミックリュウ) から久しぶりの単行本刊行となりました。今作の主人公がふらりとドイツに移住したのと同様、先生ご自身も海外に移住されていたとのことで驚きました。どんないきさつだったのでしょうか。
主人公の亜生と同様に、私も戯れ移住です。一度は海外に住んでみたいなとは思ってはいました。丁度、『ソワレ学級』の連載終了がワーキングホリデービザの年齢制限のギリギリだったこともあって、そのタイミングで移住しました。
――― またマンガの執筆をというお考えはあったのでしょうか。
機会があればやりたいなと思っていました。
――― マンガを通じて異国の街を観光しているような楽しさがあります。何か先生の工夫があるのだと思うのですが・・・。
移住ものは異国情緒が大切なので、建物の外装はもちろんですが内装の建具や小物がよりそれを担保するはずなのでそのあたりを気を付けました。亜生達の住んでいる家は、自分の住んでいたアパートや友達の家を参考にして3Dで作って、そこから作画していました。あとはそれらを描くために作画のカロリーを出来るだけあげることですね。
――― 建物や風景、陰影の描写にすごく楽しさを感じます。特に初読時に魅力的に感じた、1話ベルリンテーゲル空港の作画工程について教えていただけないでしょうか。正確に見えながら「マンガっぽい!」と惹かれるところに不思議を感じています。
テーゲル空港を含めた作中で出てきた場所は、資料用に使うので、できるだけ自分で写真を撮りに行ってます。とはいえ、なかなか一枚の写真で背景として完璧なものは撮れないので、複数の写真を合成して下絵に使い、そこからトレースをしました。なので、よくみるとパースが合ってないところがあるんです(テーゲル空港だとバスとかですね)。個人的な意見ですが、あえて見せたいところのパースをずらすと、そこに意図的な”嘘”が生まれて、外連味のある画になる気がしています。その外連味から読者の人が意図を感じてくれて、「漫画っぽい」となるのではないでしょうか。

まんきき41_引用その1

――― 主人公はスコットランドのエジンバラなど色々な土地に足を運びます。様々な都市をご覧になるなかでベルリンのベルリンらしさを感じるところがあれば教えて下さい。
道幅が広くて、近代的な建物がちゃんとまっすぐ建っているところ。よい意味で、地味で暗い雰囲気の街並み。ラフな恰好でゆるい感じの人びと。
――― 料理や食事のシーンもすごく美味しそうに描かれています。
作れるものは自分で作って、トレース用の素材にします。 コントラストを上げると美味しそうに見えるので、出来るだけベタ面を入れるようにしました。1話で出てきたケバブはよく食べました。安いし、どこにでもあるし、大抵美味しい。ベルリンのケバブは、日本で売ってるケバブの1.5~2倍くらいの量があって、ひとつで満腹になります。5話で出てきたトルコマーケットにも自転車で10分圏内だったのでたまに行ってました。ジンジャエールは夫が好きでよく作ってました。わたしは同じスパイス屋さんでクミンやコリアンダーを買ってカレーを作ることが多かったです。

まんきき41_引用その2

――― 海外での執筆活動で不便だと感じること、逆に便利だと感じることはありますか?
不便なこと:以前は23時までやってるWi-Fiと電源があるカフェがないことだったんですけど、コロナ禍になってそれも変わってしまいましたよね。今はそんなに変わらないと思います。便利なこと:住んでるだけである程度ネタになること
――― 片爪さん・石根さん・王子さんといった登場人物たちが纏う雰囲気やその人らしさも今作の魅力です。皆さんモデルになった方などいるのでしょうか?
特にモデルとなる人物がいるわけではないです。プロットの段階で主人公・片爪の性格が決まったので、そこからバランスをみて考えました。
――― 生きる場所を自分で決めていく/決められる、という姿に憧れを持ちます。『ソワレ学級』の登場人物たちにも繋がっているテーマだと思います。先生にとってこれまで転機になったのはどんなことがあったのでしょうか。
私の通っていた高校は平成に作られた東京都の実験校のひとつで、無学年制の単位制、自由主義かつ個人主義な校風でした(『ソワレ学級』の舞台の下敷きにしています)。学校や教師、親からも干渉されることなく、履修科目も何年かけて卒業するのかも、ほとんどすべてを学生が判断して決めていました。中にはこの自由すぎる学校が合わない人もいましたが、私にはすごく合っていて。10代のときに自由主義思想強めの学校で生活したことが、その後の価値観にもつながっているのだと思います。
――― 先生が作品作りに影響を受けたと感じているマンガはありますか?
小さい頃一番読んだ漫画は、川原泉先生の作品です。少し俯瞰した視点で描かれるストーリーと、それを通して感じる高くも低くもない一定の温度感がものすごく好きでした。何度読み返しても新しい面白さがあって、強度のある作品ばかり。作品タイトルもどれもこれもお洒落で、時間が経っても素敵だなぁと思います。大人になってから感銘を受けたのは、豊田徹也先生の作品です。特に『アンダーカレント』(講談社/アフタヌーン) は好きすぎて、人に布教で配ったりして、結局3冊くらい買いました。流れるようなコマ割り、味のあるキャラクター、隙のない作劇、美しい漫画だなと思います。
――― 移住に際して、手放さず一緒に連れてきた本があったら教えて下さい。
ベルリンに引っ越す時、手持ちの本はほとんど裁断して電子化したのですが、どうしても切れない本がいくつかあって、それを実家用の段ボールに詰めました。実際、パッキングしてみたら、1、2冊くらいなら入りそうな余裕があったので、ネームの手助けになりそうな『マンガの創り方 誰も教えなかったプロのストーリーづくり』(山本おさむ/双葉社) と、その近くにあった『瞳子』(吉野朔実/小学館) が目に入って、直観的に手に取ってトランクに詰めました。『マンガの創り方』は商業連載をはじめたころに手に入れた本。作劇術の本はたくさんありますが、装丁もソリッドなので置いてて嫌じゃないですね。高橋留美子先生の短編漫画も参作として載っていて、それも好きです。『瞳子』は大学生の頃に友人に勧められて買った本。淡々とほどよい緩急で進む物語、清涼感のあるオチに相反したちょっとした後味の悪さがたまらなく好きです。祖父江慎さんと芥陽子さんの装丁もかっこいい。
――― いま読者として熱を上げている連載作品(マンガ) があったら教えてください。
最近のものは読めていないのですが『らーめん再遊記』(久部緑郎・河合単・石神秀幸/小学館/ビッグコミックスペリオール) は追って読んでいます。漫画じゃないものだと最近は『三体』(劉慈欣・立原透耶・大森望・光吉さくら・ワンチャイ/早川書房) を買って読み始めました。
――― ドイツではどんなマンガを見かけますか?ドイツならではの流行りものはあったりしますか?
すみません、ちょっと疎くて。3年前くらいに行ったベルリンのLittle Tokyoという本屋さんにドイツ語訳されている日本の漫画は置いてありましたね。
――― 語感がすごくよいタイトルはどのようなプロセスで決まったのでしょうか。
ダジャレに強い友人たちとブレストをして決めました。オブスクラという単語をいれることを軸に、
「見知らぬオブスクラ」
「はじまりはオブスクラ」
「おなかがオブスクラ」
「どこのドイツのオブスクラ」
「思えば遠くにオブスクラ」
っていう案に絞られて、最後はわたしの独断で決めました。「見知らぬ…」が安牌かなあと思ったんですが、内容を伝える事を犠牲にしても語感の良さや引っ掛かりを優先したかったので、友人案の「思えば遠くにオブスクラ」にしました。
――― この後すぐに発売となる下巻収録予定15話での演出が非常に印象に残りました。「表現できる」と捉えられたことに不思議を感じるというか・・・とにかくカッコいいです。これは実体験から得た着想なのでしょうか。
1冊の本の中で1話くらいは、演出に軸足を置いた回があると全体が引き締まるかなと思っていて(上巻だと7話の石根の仕事の回とか)。3Dソフトのカメラをグルグルまわして構図を決めることが多く、レンズを通した視点があるといいかもなと思いついて。撮影者と被写体の関係性は、神視点のカメラで描くよりも、撮影者のカメラそのままで描いた方がダイレクトに伝わりそうだったので採用しました。作画カロリーも低いアイデアだったので挑戦しやすかったってのも本音です。
――― 今作の中で作画カロリー高かったなぁと思い返すのはどのシーンですか?
特定のどこというよりも全体を通してカロリー高めだったのできつかったです。下巻の150pから154pのシーンはカロリー自体は低かったのですが、苦手とする抽象的な描写が必要だったので頭を抱えました。雑誌に載せたものがいまいちしっくりこなかったので、単行本修正の時に大幅に手を入れました。
――― 先生の原稿後の癒やしがあったら教えて下さい!
ひたすらに寝ることです。
――― また下巻では登場人物たちの内側にグッと迫るような、ドキドキする回に引き込まれていきます。今作ではこの3人の着地というのは最初から決めて進めておられたのでしょうか。
オブスクラは、連載開始時は3話確約だったんです。連載中に、5話、7話…と伸びていったので、じゃあ本を想定して縦軸をちゃんと作ろう、と。そのあたりから着地をぼんやり見据えて全体の構成を考えていきました。主人公・片爪の内面の問題を描くために、石根の関係性だけではなく、後輩の王子からの視点や下巻に出てくる洋子との出来事を入れ込みたかったんです。
――― 連載は無事に完結となりました。次回作を楽しみにしていますが、もう取りかかっておられるのでしょうか。
取りかかってはいないですが、構想はいくつかあります。やらせて頂けるなら、描いたことないジャンルに挑戦してみたいです。とはいえ、インプット不足なのでとりあえず色々摂取したいですね。3Dももっと勉強したいですし、アニメーションや他の領域も触ってみたいなと思います。そのための作業用のPCも限界を感じるので新しく組みたいです。
――― 慣れてもきたとも思う海外暮らしですが、この先の生活について何となくお考えのことがあれば教えてください。
決めてないです。嫌でもいつかビザの関係で決めなきゃいけない時がくるので、その時まではぼんやりしてようと思っています。
――― 最後になりますが、はじめて『思えば遠くにオブスクラ』に触れる読者の方に一言お願いできればと思います。
Twitterの告知の仕方に問題があったのかもしれないですが、このお話を実録エッセイと思われる方がいるみたいで…。あらゆる体験がベースにはなっていますが、基本はフィクションの物語です。おたのしみください。
靴下ぬぎ子先生、ありがとうございました!
先生のイラスト表紙が目印のまんきき41号の頒布店はこちらで案内しています

「歴史モノは読まなかった方々にも入りやすい内容になっていると」まんきき40号『キンとケン』しちみ楼先生インタビュー

『キンとケン』書影

時は紀元前──中国、前漢王朝の時代。
史上最も哀しい皇帝=哀帝と呼ばれた劉欣(リュウキン)と
彼を支え続けた官人、董賢(トウケン)の知られざる物語。

教科書を読めば歴史がわかる
しかしそこにはその時代を楽しく、辛く生きた人がいた
「正史」と「面白い」の間に描かれたキャラクターたち
やっぱりマンガって面白い

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――― まずは今作のテーマに驚きました。前漢という時代、そして哀帝と呼ばれた皇帝・劉欣と彼に仕えた董賢という人物、いずれもはじめて触れることになる読者も多いと思います。このテーマはもともと先生の中でご興味があったものなのでしょうか。
まさに【興味のある分野をひたすら掘り下げていった】という感じです。元々、中国や韓国の宮廷ドラマが好きだったのと、純粋に読者としてBLやブロマンス作品が好きで、いつか自分でも描いてみたいと思っていました。いざ自分で描いてみようとなったときに悩んだのは、完全にオリジナルキャラにするかどうか…。そのときにふと故事成語に【断袖】って言葉があったなぁと思い出しまして、そこからその言葉の背景事情であった前漢末の時代や哀帝、董賢について調べるようになりました。当初は哀帝と董賢が仲良く過ごす「宮廷ラブコメ」みたいな感じにしようかなと思っていたのですが、前漢末の歴史を調べていくうちに、その時代がすごく動乱の時代で歴史が大きく動いていく中で皇帝も民も翻弄されていたいうことが分かり、せっかく実在する人物が主人公なのだからできる限り史実も交えた作品にしようと思い、「宮廷ラブコメ」の方針はやめて「宮中での政争とそれに立ち向かう二人」の物語にしました。
――― ブロマンス的という着想はなるほどと思いました。先生がグッとくるメンズの関係にはどんなものがありますか?今作のふたりは荒波に身を寄せ合うような麗しさですね。
ひとつの目的に向かって手と手を取り合って立ち向かっていくような関係性が好きです。最近はまった作品というか歴史書だと『正史 三国志』の孫策と周瑜の関係が好きです。乱世において孫呉というある意味【ベンチャー起業的な国】を立ち上げるべく奮闘した二人の関係性に燃え(萌え?) ます!孫策は割とぽっと出の軍閥の若きリーダーで、周瑜は代々続く名家の生まれという対照的なバックグラウンドを持つ二人が目的をひとつにするというあたりにすごく魅力を感じます。
――― 話の合間に「勉強コーナー」を設けるなど読者にこの時代のイメージをもってもらうことに心配りを感じます。言葉選びも「モラハラ」や「パパ活」など現代的なところを用いていることで作品に入りやすいです。
自分も含め前漢末という時代についてわからないことだらけだったので、まず読者さんに「難しい!」という印象を与えたくないと思い、敢えて現代風の砕けた表現を使いました。背景をよく見ると観覧車があったり、原付に乗ってる人物などがいたりするので、【あまり馴染みのない時代の歴史マンガ】ではあるけれど堅くならずコミカルなエンタメ作品として楽しんで頂けたらと思っております。勉強コーナーに関しては作中で説明不足かと感じた部分を別枠で紹介しています。本編を描くにあたって調べた内容を読者さんにもシェアして【難しくないよ!一緒に楽しもうよ!】というのがコンセプトです。…とはいえ自分は漫画家であって歴史の専門家ではないので「間違っていたらどうしよう!!」と毎回ヒヤヒヤしながら描いてましたねw いまもヒヤヒヤしています!!!
――― 前作『ピーヨと魔法の果実』からは絵柄の印象がガラリと変わりました。これだけの引き出しはどのようにして得られたのでしょうか。
いつも新しいマンガを描こうと思った時に、まず頭の中で「その作品のアニメ」が断片的に放映される(イメージが浮かぶ) のですが、アニメって作品(番組) によって絵柄が違いますよね。そしてどの作品もその世界観と絵柄がぴったりマッチしていると思うのです。私は作品の世界観と絵柄のマッチって、物語を読み進める上で読者さんに違和感を感じさせないという意味ですごく大切なことだと考えておりまして、まず頭の中で浮かんだアニメ(イメージ) の絵柄をできるだけ忠実にマンガとしてアウトプットしようと心がけています。その結果、絵柄がガラッと変わるという現象が起こるのだと思います。手癖で描けないので時間がかかるのですが、完成イメージを紙に描けるようになるまでひたすら練習する…という謎の工程を経て絵柄の選択を行なっているという感じです。
――― 今作の絵柄はすごく目に易しいというか、導入しやすいという印象です。
前作の『ピーヨ』はブラックジョークの効いたホラー絵本みたいなコンセプトだったので、割と描き込みを多くして怪しい蟲がモゾモゾ涌くような…有機物的な画面作りを目指していたのですが、今回は【前漢末というあまり馴染みのない時代を題材にした歴史漫画】を描く上で、とにかく堅苦しくならないように、できるだけ描き込みを抑えて、『ピーヨ』とは対照的に無機物的な記号っぽいキャラ造形にすることでライトで読みやすい画面作りを心がけました。
――― アニメにもよく親しんでおられるのでしょうか。
実は普段漫画よりアニメを観ることが多くて、作業中にBGM的に延々とアニメを流したりしています。アニメを観ていると場面転換やカメラアングルなどがとても工夫されていることが分かりまして、漫画制作におけるコマ割りや構図作りの参考にしています。『キンとケン』においてアニメの影響を受けている構図を例に挙げると…背景をわざとピンボケにしているシーンが沢山あるのですが、あれは奥行きを出したり、ピントの合っているキャラに視線がいくようにアニメの手法を真似しています。
――― アニメ作品で演出に思い出深い作品・シーンはどんなものですか?
押井守監督や今敏監督のアニメが好きなのですが、攻殻機動隊のスピンオフ作品『イノセンス』と『パプリカ』にはものすごく影響を受けました。イノセンスにもパプリカにも「おもちゃの行進」みたいなシーンがあって、とにかくポップなのに禍々しくそれでいて神々しいという【終わらない悪夢】的な雰囲気が大好きで、第4話の祭祀の場面は完全にあの雰囲気のパク……オマージュです!!!また、今敏監督の作品は平沢進さんの楽曲がよく使われているのですが、作業中にもよく『パプリカ』や『妄想代理人』のサントラを聴いていました。
――― 今作が描く当時の資料/史料は豊富なのでしょうか。また参考にしている書籍があれば教えていただければと思います。
哀帝と董賢は故事成語を残している割には資料が少ないんですよね。それゆえに色んな資料をつまみ食いすることになり、参考文献が膨大になってしまいました。そもそも歴史漫画を描くということ自体が全く初めての経験だったので、まず「どの資料が資料として使えるか?」という選別が難しかったです。参考にしている書籍はまず正史である『漢書』(ちくま学芸文庫) です。これは後漢の時代に班固(とその一族) が前漢時代の記録をもとに編纂した歴史書で、各皇帝の時代に起きた事件やその事件に関わっていた人たちの事柄が簡潔に書かれているので、制作の上での土台になりました。あとは『王莽 儒家の理想に憑かれた男』(白帝社) です。王莽の資料は哀帝・董賢に比べると意外と存在していまして、王莽の資料を通して主人公二人やその時代を垣間見ることができたように思います。
――― 劉欣が宮廷をこっそり抜け出し董賢の家族を訪ねるエピソードが心に残りました。史実と創作の塩梅が難しいところだと想像するのですが、気にかけていることはありますか?
「劉欣が董賢の家族を訪ねるエピソード」は全く漢書には記載のないオリジナルエピソードなのですが、哀帝の前の皇帝・成帝の時代に成帝が仲良しの臣下と一緒にお忍びで街に出て遊んだという記録があるので、もしかしたら哀帝もお忍びで遊びに出かけたこともあるかもしれない、と思って描いたエピソードです。漢書の記載内容をベースにしつつ【もしかしたらこんなことをしていたかもしれない】という想像を膨らませて描くというのが本編制作の基礎となっています。なので、史書に無いオリジナルのエピソードとは言いつつも、あまりにもぶっ飛んだ内容(劉欣と董賢がアメリカ旅行する!!!!とか) にはせず、他の時代の人物の言動や思想(儒教などの価値観) を参考にしつつ、【このくらいならありそう】な範囲の出来事を捏造(!) して挟むくらいのさじ加減にしました。
――― 『キンとケン』からさらに後の時代についてもマンガ作品が少なくなっています。様々な資料にあたられるなか、先生の中で他に描いてみたい時代・人物などはいかがでしょうか。
やはり先ほど挙げた後漢末~三国時代の呉を舞台にした孫策と周瑜の漫画を描いてみたいです。あとは唐の時代になると李白や杜甫、孟浩然といった詩人が活躍する時代になって、その頃ってすごく華やかだったんじゃないかな?と思い、興味があります。あとは『キンとケン』より前の時代になりますが、孔子とその弟子たちの関係性も好きなので、孔子達が活躍した春秋時代の漫画も描いてみたいところです。
――― 今作の連載については担当編集さんからのお声がけなのでしょうか。打ち合わせではどんなことをお話されましたか?
もともとツイッターやpixivで『キンとケン』のプロトタイプ的な漫画を3話分公開していて、割と反響が良かったので「商業連載いけるかも知れない!」と思って何社か持ち込みをさせていただいたのがきっかけです。それで一番早くお返事をくださったのがマトグロッソさんで、しかも担当編集さんが中国史や中国語にお詳しい方だったこともあって、連載に向けて色々ご相談させていただいたという流れです。プロトタイプの『キンとケン』がちょっとエロいコメディ漫画だったのですが、この先どう展開させていくか悩んでいた部分がありました。連載前の打ち合わせで相談したところ担当さんが「むしろエロ無しのシリアス路線で大河ドラマとして描いた方がいいかも?」とアドバイスしてくださり現行バージョンのストーリーになりました。
――― Twitterを拝見するといま『源氏物語』にも触れておられるご様子です。単純に比較できるものでもないですが、日本史だとどういった部分に面白さを感じますか?
源氏物語』は作業中に朗読を聞いている感じですね。現代人の感覚ですとちょっと光源氏の言動が許せない気分になるのですが、当時の人たちの価値観ではあれが素敵だったのかな……などと色々気になるところでございます。あと、私恥ずかしながら日本史は全く詳しくないです!!!ですが…少し前に『古事記』を読んだときにとても素朴な印象を受けました。ウサギやカエルの神様がいたり、オオクニヌシと小人のスクナビコナが旅をしながら(ときに糞便を漏らすなどの大失態!?もやらかしつつ) 国を作ったりと…神話時代の話なので日本史???といった感じではあるのですが、そこはかとない素朴さにほっこりしました。全体的に妖怪チックでかわいいですよね日本の神様。
――― 単行本表紙のカラーがとても素敵です。色使いでこだわっているところを教えていただきたいです。
今回は「歴史・中国・宮廷」の雰囲気を出すために日本画用の絵の具を使って和紙に描いたものをデジタルで加工しました。少しくすんだ落ち着いた色合いでまとめつつ、宮廷のゴージャス感も出したかったので着物の柄を細かく描き込みました。表紙のキンが着用している服は冕服という古代中国の儀式で着用されていた服で、『礼記』という本の図版を参考にして日や龍、北斗七星、鉞などのモチーフを入れました。伝統的な画材で描くことで歴史っぽい風合いが出たんじゃないかと思っています。
――― 先生の作画環境について教えていただけますと幸いです。
ネーム、下書き、ペン入れまではアナログで作業しています。ペン入れはスクールペンという細くて均一な線が引けるペン先を使ってケント紙に描いています。ペン入れまで終わったらスキャナで取り込んでクリップスタジオというソフトでベタや陰影をつけたり吹き出しを入れたりしています。前作『ピーヨ』はペン入れからほぼ完成まで水彩画用紙に絵具で描くことで絵本っぽい雰囲気を出していましたが、本作は少しメカニカルな作画にしたかったのでデジタルの作業工程を増やしました。
――― 影響を受けた漫画家さん、イラストレーターさんを教えて下さい。
ネーム制作など画面のコマ割りや構成は外薗昌也先生(編注:ホラー作品で知られる。代表作に『鬼畜島』など) の影響を受けました。外薗先生の作品って本当に読みやすくて、なおかつ次から次へとページをめくってしまう「読み手を作品に没入させる吸引力」があるように感じていて、自分もそんな吸引力のある漫画を描けるようになりたいと日々精進しております。絵柄に関しては、そのときどきで色々なので自分でもどなたの影響を受けているのかよくわからなくなっているのですが、葛飾北斎がサラサラっと描いたようなクロッキーとか、琳派の草花などの、モチーフがデザイン化された日本画とか、少ない線で単純化・記号化された絵が好きです。
――― マンガを描きはじめたきっかけや、先生の小さな頃のことを教えて下さい。紙や画材への取り組みから元々は絵画の畑におられたのかなと想像するところです。
おそらく物心ついた頃にはチラシの裏に絵を描いたりしていたような気がします。はじめて漫画を描いたのは小学生の頃、学級新聞で”ミンちゃんとボーとカメさん”というタイトルの4コマ漫画を連載(?) していました。確か……エビフライの恐妻ミンちゃんと、ミンちゃんに翻弄されるムツゴロウの旦那さんボー、そして年長でボーの相談役のカメさんが出てくる日常系漫画だったと思います。今思うと、何故その題材で書こうと思ったのかさっぱりわかりません!!中学に入ってからはV系バンドが大好きで、CDジャケットの模写などしておりました。その後高専に進学してからは就職氷河期ってこともありお絵描きは封印して勉強とバイトに勤しんでおりました。就職してからもずっと絵は描いてなくて、10年くらい会社員をやったところで結婚&夫の転勤を機に勤め先を退職したのがきっかけでお絵かきや漫画を再開した感じです。なので基本的に独学で、絵画を学問として履修したことが無いんですよね…いつかカルチャースクールとかに行ってデッサンから勉強したいところです。
――― いま読者として熱を上げている連載作品(マンガ)があったら教えてください。
読者として純粋に楽しんでいるのは霧隠サブロー先生の『魔装番長バンガイスト』(リイド社/LEED Cafe)とジェントルメン中村先生の『セレベスト織田信長』(リイド社/LEED Cafe)です!両方とも所謂『魁 男塾!』(宮下あきら/集英社)的な拳で語る男漫画といった感じで、無骨な線で筋肉モリモリのキャラ造形…支離滅裂なようでどこかほっこり優しいストーリー…毎回楽しく拝読させていただいております。(ああいう漫画、私も描けるようになりたいですよ!憧れる!)
――― 正史としては悲しい行く末も見えている物語ですが、ここからの展開を描くにあたっての抱負をいただければと思います。
歴史フィクションとはいえ、正史に沿った内容にしているので、『漢書』の結末を覆すような展開にはならないですが、それでも読者さんにとっても、私にとっても、そして主人公ふたりにとっても納得のいく終わり方になればと思います!!(実は三月現在すでに完成していて、あとは4月の公開を待つばかりなのです!)
――― 最後になりますが、はじめて作品に触れる読者の方に一言お願いできればと思います。
中国の歴史漫画で、しかも紀元前のマイナー皇帝!という少々堅そうな題材ではありますが、三国志や水滸伝等の中国史ファンの皆さんはもちろん、今まで歴史モノは読まなかった方々にも入りやすい内容になっていると思うのでぜひぜひお手にとって頂ければと思います!また、拙作きっかけで『漢書』や『史記』、『詩経』や『尚書』といった中国の古い書物に興味を持ってくださる方が増えたら作家冥利に尽きます。
しちみ楼先生、ありがとうございました!
先生のイラスト表紙が目印のまんきき40号の頒布店はこちらで案内しています

「辛い時そっと隣にいる友達のような存在になれたら幸いです」まんきき39号『自転車屋さんの高橋くん』松虫あられ先生インタビュー

『自転車屋さんの高橋くん』3巻書影

飯野朋子(はんのともこ)、略してパン子30歳は会社でもプライベートでも本音が言えないのが悩み。
そんなパン子にそっと寄り添う、心優しいヤンキーの高橋くん。
キスしてから一緒に過ごす時間が増えたけど…これって付き合ってるのかな?
「ヤンキーの人に、良いように利用されてるんじゃない?」
以前デートに誘ってきた同僚・山本さんから
今いちばん言われたくないことを突っ込まれてしまい…!?
世話焼き年下ヤンキー×ちょいネガティブなアラサー女子のご近所ラブストーリー♥
『自転車屋さんの高橋くん』公式Twitterアカウント @TAKAHASHI_cycle

「自分らしくありたい」って難しい。
もし誰かといることでそうなれたら、
それはすっごく素敵かもしれない。

作品の試し読みはこちら!

――― 男女問わず高橋くんにメロメロにされている書店員一同です。この作品のタイトルにもなっている高橋くんですが、彼はどこから生まれたのでしょうか。
本当に何となく…と言いますか、よくコミティアに参加していたのですが何か4ページの無料配布の漫画を描こうと思って、何かネタが無いか考えていた時に「そういえばこの間自転車の修理に持って行ったお店の店員さんがツナギを着たイケメンだったな~」とか思い出して描き始めたのが始まりです。※https://twitter.com/i/events/922483816014295040
――― 偶然の出会いから生まれた作品だったんですね!そんなイケメン店員さんの外見から、こんな内面のキャラクターがいいなと思ったのはどんなきっかけだったのでしょうか。
自転車屋さんで見かけた店員さんは、ヒントとなっただけで見た目は高橋くんと全然違います。どちらかといえば高橋くんを作るエッセンスとなったのは今まで出会った「見た目はちょっと怖いけど優しくしてくれた人達」が元になってると思います。
――― 前作『鬼娘恋愛禁止令』(徳間書店/COMICリュウ) の主人公も不良要素のある男の子でした。先生のツボがここに・・・?
当時これと決めていたわけではないんですが、例えばクラスで皆が「何だよあいつ」って思うような子って本当は意外な一面があるんじゃないかとか、内に秘めてる想いがあるんじゃないかとか、大勢の中から取り零れてしまった人、またはそれを自ら選んでる人の事が気になるという所は常にあります。
――― 高橋くんと主人公の朋子(パン子) のふたりを見ていて、こういう恋愛マンガも素敵だなと癒やされながら読んでいます。先生自身は一話一話のストーリーを創るときにどのようなことを考えているのでしょうか。
とにかく高橋くんといい、パン子といい、そのキャラ「らしさ」を失わないように気を付けています。高橋くんもパン子もこういう人間だからこういう事で意気投合したり衝突したり…など、そのことによって話が動くことを重要に考えてます。
――― Twitterで公開されていたマンガから商業連載へと発表先が変わるにあたって、何か意識されたことはあるのでしょうか(パン子は言葉遣いからもいまとは少し違った印象を受けますね)。
特に何も考えてないのですが、やはり同人誌は自己満足なところもあるので編集さんが入ることでテーマをもっと的確にしたというか、もっと煮詰めていった感じがあります。
――― 高橋くんが何を考えているかということについては行動や仕草から感じとることが多いのですが、先生の中では高橋くんのハッキリとした行動基準はあるのでしょうか。
高橋くんはあまり語彙が多くない人なので、あまり饒舌にしゃべらせないようにしてます。相手の感情に敏感という点では動物を参考にしたりしてしまいます。
――― 高橋くんの好きなお店や行動範囲にリアルな生活感を受けているのですが、モデルになっている町があるのでしょうか。
高橋くんが住んでいる街は、自分の出身の街を資料にしています。田舎過ぎず都会過ぎもしないので丁度いい街です。
――― 高橋くんが使う岐阜弁(のなかでも美濃弁なのかな、と思うのですが) を可愛く感じています。方言男子を書く楽しさ・難しさなどあれば教えてほしいです。
地方のマイルドヤンキー感を出したかったので、そのあたりしかこだわってないです。よく名古屋弁と間違われてしまうので、岐阜っぽい言い回しを吟味するのに時間がかかってしまったりはします。
――― 先生のカラー絵が繊細でとても好きです。お気に入りの画材など教えていただきたいです。
ホルベイン透明水彩の絵具と色鉛筆です。これでしか描けません(笑)。12色のセットしか持っていなくて今まで色を混ぜまくってたのですが、チャリ橋くんの連載を始めて絵具を譲っていただいたりしたので今は結構色んな色を使えてます。
――― 作画はどのあたりまでアナログで行われているのでしょうか。また1話あたりはどのぐらいお時間をかけていますか?
作画は背景までアナログで描いてます。それをPCに取り込んでトーンなどの仕上げをアシスタントさんにお願いしてます。1話あたり大体2週間ほどです。最初は中々間に合わず編集さんに締め切りを伸ばしてもらってましたが、やっとペースをつかんできたように思います。
――― 連載のペースをつかめたきっかけは何かあったのでしょうか。
単純に何度も描いてペースが上がって行ったというのがありますが、アシさんを導入しどこまで任せられるかを見極められるようになったことが大きいかも知れません。
――― アナログ作画の際の画材はどのようなものを使っていますか?
――― お話づくりに際して担当編集さんとはどんなことをお話されていますか?
有り難い事に担当さんとは価値観が似ている(と思う) ので、大事にしたい事などが一緒で伝えたい事に関してはいつもすんなり打ち合わせ出来てるように思います。最初の方は私が恋愛ものに疎くて担当さんに「もうちょっとこういう所が見たいんです!」(ふたりが手をつないでる等) と要望をお伝えくださる事がよくありました。
――― 恋愛ものに疎い、とのことでしたがもし印象に残っている恋愛ものがあったら教えてください。
恋愛ものはどうしてもドロドロ展開になるのが怖くて勇気がいるんで『アメリ』ばっかり見てしまいます(笑)
――― パン子の職場での悩み、すごく分かります。先生にもお勤めの経験があるのでしょうか。
殆ど無くバイトや派遣しかないので逆にそう感じていただけて有り難いです。分らないことは似たような会社に勤めている友達に聞いたりしてます。
――― あまりマンガに関係のないことですみません。先生は冬の寒さ対策はどのようにされているのでしょうか。作品の生活感が素敵なのでつい知りたくなってしまいました。
めちゃくちゃ冷え性なので前は脹脛(ふくらはぎ) まで冷えていました。厚手の靴下・ブランケット・電気ヒーターが必須でしたが、家を建てまして断熱がしっかりしてるのと床が無垢材になったおかげであまり寒くなく、また筋トレをがんばっているのでエアコンかガスヒーターをつけるのみで素足で過ごしてます。
――― 先生が作品作りに影響を受けたと感じるマンガはありますか?
主に手塚治虫作品や楳図かずお作品の影響が大きいです。チャリ橋くんは最初ゆるい話になるだろうと思ってたのに、描くにつれてどんどん「人間ってなんなんだ」って気持ちになってくるので上記の先生たちの影響が大きいのかなと思います。あとシンプルに絵柄ですかね。楳図先生の描く女の子好きなので。
――― それぞれの作品との出会いはどんなきっかけだったのでしょうか。
手塚先生の作品は高橋くんみたいに小学生の頃に図書館で読んだ『火の鳥』と『ブッダ』が始まりです。楳図先生の作品は従弟が読んでいたのを読ませてもらったのが始まりです。
――― 楳図かずお先生の美少女絵、これまで気づけていなかったのですが確かに素敵ですね。楳図かずお先生のなかで特に好きな(オススメの) 作品はありますか?
すぐ思いつくのは『漂流教室』(小学館)です。特に現代だとコロナ禍で起きていることを象徴しているように感じる場面も沢山あるのでお勧めしたいです。全体的に楳図先生の作品は怖いだけじゃなく「人間とは」的なことを考えさせられる場面がたくさんあって好きです。
――― いま読者として連載を追いかけているマンガがあったら教えてください。
ダントツで椎名うみ先生の『青野くんに触りたいから死にたい』(講談社/アフタヌーン) が好きですね。漫画としてかなり面白いうえ雰囲気もテーマもちょっとエッチなのも、椎名先生が大事にしたいであろうこと全てが心地いいです。
――― 先生がマンガを描きはじめたきっかけはどんなことだったのでしょうか。
最初に描き始めたのは小学生の頃だったかと思います。ドラえもんの漫画の展開をそのままパクってキャラは自分で考えて描いていたような気がします。本当に漫画家を目指そうと思ったのは高校生からです。
――― 「本当に漫画家を目指す」ということが痺れるワードでした(書店員としては感謝するばかりです)。そう思ったきっかけや、そのとき目標にされたことなど、少し詳しくお尋ねしてもよいでしょうか。
漫画は描きたいけど、漫画家になる!とは本気で思ってなくて、高校の進路を決める時美術の先生になろうと思ってました。でも友達に「何で漫画描けるのに漫画家目指さないの?」と言われて、よく考えたらこんなに学校の勉強が嫌いなのに先生になる方が現実的じゃないと思って漫画家を目指すことにしました。その時18くらいだったのに普通に20歳でデビューしたいとか考えてて、結局ちゃんと仕事出来たのはその10年後くらいでしたね。
――― 中学生・高校生の頃の「なんか忘れられない」ような思い出はありますか?
中学の時、同じ部活でとある一個上の先輩(男子)が居ました。周りの人に「あの人あられちゃんの事好きなんだって」と噂されていたのが嫌だったので、その先輩に対して冷たい態度を取っていました。ある日部活が遅くなって親の迎えを待っていたときに、自転車で帰れるはずの先輩がそうせずに近くにいるので「何なのこの人…」と思ったんです。でも私の親が迎えに来たらその先輩が帰っていって、それを見た母親が「暗い中あなたを一人にしたら危ないと思って居てくれたんじゃない?」と言われ、冷たい態度を取ってしまったことを後悔したことが忘れられないですね(実際、好かれていたかは分りませんが…)。
――― 「ananマンガ大賞」での準大賞受賞、マンガの棚を超えた幅広い読者の方から作品が好まれる証左だったと思います。『自転車屋さんの高橋くん』について先生は読者の方からどのような反響を受け取られているでしょうか。
私は作中のキャラクターを大体「よくいるその辺の人」で描いてるのですが、読者さんからはキャラクターに自分を重ねて考えてくださったご感想が多くいただいています。中でも一番印象が強かったのは山本さんという自分の価値観を無意識に人に押し付けてしまうキャラクターに対して「自分も同じような恥ずかしい事をしてると気づいた」と教えてくださったことが自分の中でとても大きい収穫でした。
――― 3巻ではさらに距離が近づいたふたり、この先の展開もとても楽しみですが先生がこの先「描きたい!」と思っているシチュエーションはありますか?
割と漠然としてますが、いつか高橋くんとパン子が旅行に行く回などは描いてみたいですね。
――― 最後になりますが、これから作品に触れる読者の方に一言お願いたします。
高橋くんとパン子は本当に最初は何となくで描き始めました。でも二人を描くにあたって身近な人を参考にしていくようになり、次第に「人と生きるとは何なのか」「自分を大事にするとは何なのか」ということを考えるようになりました。皆さんその人なりに生き辛さを抱えて生きていると思います。『自転車屋さんの高橋くん』を読んでも生きていくためのヒントはないと思いますが辛い時そっと隣にいる友達のような存在になれたら幸いです。
松虫あられ先生、ありがとうございました!
先生のイラスト表紙が目印のまんきき39号の頒布店はこちらで案内しています

「今回の作品は特に線を意識して作画をするようにしています」まんきき38号『転がる姉弟』森つぶみ先生インタビュー

『転がる姉弟』書影

父親の再婚で小学生の弟ができることになった女子高生の宇佐美みなと。 「とってもかわいい男の子だぞ」と言われ、期待を膨らませるが―――。 『月曜から金曜の男子高校生』の森つぶみがおくる、笑って泣ける、ほのぼのホームコメディ、開幕!

新しい家族と少しずつ近づいていく時間。
子供でもあり大人でもある時間。
暖かい描線で紡ぐ物語があなたの心をつかみます。

作品の試し読みはこちら!

――― なんといっても弟・光志郎の思いもよらない行動と姉・みなとが姉らしくなっていく姿が楽しい作品です。今作はどんなところから思いついたのでしょうか。
前作の『月曜から金曜の男子高校生』の連載が終わり、次回作用のネームとして「家庭環境の異なる小学生4人組の話」を描いていました。『転がる姉弟』にも出てくる小学生4人を主体とした話で、その話は光志郎が主人公ではなかったのですが、ネームを10話ほど描いたところ、だんだん光志郎のキャラが立ってきて、これは光志郎を主人公にした方が面白いのでは、となったところから今作ができました。
――― これまでの作品『月曜から金曜の男子高校生』や『たべざかりの山本さん!』を読んでも、お友達は4人組という印象があります。こだわりがあるのでしょうか。
こだわりというわけではないのですが、キャラクターバランスや会話の盛り上がりを考えていくといつも4人になってしまいます。
――― 4人組を構成するときは何かキャラ分担や個性のようなものをそれぞれに考えるのでしょうか。先生自身はどのポジションのセリフがすらすら浮かびますか?会話の自然な感じも作品の魅力です。
自然な会話をかきたいと思って台詞を書いているのでそういっていただけるとうれしいです。出来るだけ会話の広がりが出るようなキャラクターバランスを大切にして4人組を構成することと、現実にいそうな感じをだすことを特に意識します。4人組の良いところは一つのテーマにおいて、立場や性格の違う人物の4通りの意見を見せられるので、話に広がりを持たせやすいところです。漫才やコントのようにボケとツッコミを繰り返して会話が進むようイメージしています。浮かびやすいのはどちらかというとボケ側のポジションのセリフです。
――― キャラクターづくりは連載の開始前にしっかり決めて取り組むのでしょうか。連載を進ながらチューニングしていくところもありますか?
この作品のもとになった小学生4人の話があるのでなんとなくのイメージは決まっていましたが細かい設定などは話を進めながら固めていっている感じです。お話を描いているとキャラクターが思いもよらぬ行動をしたりして最初に思っていた設定と違う方向に面白く進むこともあるのでそのつど設定が決まっていくやり方が自分には合っているなと思います。
――― みなとのニットをはじめ、小学生ズの服もその人らしさが出ているというか、先生のこだわりを感じるポイントです。
細かいところまで見ていただいてありがとうございます。光志郎はパーカー、ロボ(斎藤)はフリースフルジップジャケット、水町はジャージ、久瀬はYシャツと分けてみました。どんなキャラクターなのか垣間見える感じになっていれば良いなと思います。光志郎のTシャツや、みなとの私服、毎回どんな感じにしようか楽しみながら描いています。
――― 先生の暖かい線も作品の魅力のひとつだと思います。ペンの種類など作画の環境について教えていただけないでしょうか。
今回の作品は特に線を意識して作画をするようにしているのでそう言っていただけてうれしいです。基本的に、つけペンとミリペンを使って原稿を書いています。ベタもアナログで塗っています。トーンやホワイト、細かい直しなどの仕上げ作業はデジタル(クリップスタジオペイント) で描いています。人物の線は、基本的に主線はGペン、細かい線は丸ペンで描いているのですが、光志郎だけは、顔の主線はミリペン、体の主線は使い古したカブラペンで描いています。柔らかい良い線が出るといいな…!と思いながら線を引いています。光志郎のキャラクターが馴染むように、今作から背景の線は定規を使わずフリーハンドでひくようにしました。背景は丸ペンを使用しています。デジタルでの仕上げ作業は苦手だったのですが、今作からiPad ProとApple pencilを使い始めてかなり楽になりました。もっともっと良い線が引けるように研究していきたいです。
――― 使い古したカブラペンは新しいものと比べてどういった違いがでるのでしょうか。筆圧をかけやすい・・・?
使い古したものはペン先が削れて丸まっているので太い線になりやすく、柔らかい線に仕上がる感じがして古いものを使っています。
――― もし可能であれば各ペンによる線を並べて見せていただけないでしょうか。画材を握ったことがない読者の方にとっても興味深い点だと思います!

まだまだ使いこなせてるとは言えないのですが、インクをつけてつけペンで描く作業は楽しいです。
――― みなと、弟・光志郎の外見はどのように決まったのでしょうか。みなとが光志郎をはじめて見た時の「すごいアホそうな子」という感想に笑ってしまいました。

光志郎は「お調子者でアホそうなやつ」というキャラクターをイメージした時に自然に浮かびました。ですが、最初はここまでデフォルメされたデザインではなかったです。ネームを描いていくうちに簡略化されていき、今の玉ねぎみたいな顔のシルエットになりました。意識したつもりはなかったのですが、赤塚不二夫先生の作品の影響があると思います。みなとのキャラクターデザインも悩まず自然に浮かびました。若い頃のショートカットの小泉今日子さんや、内田有紀さんが好きなのでその影響があるかもしれません。
――― 赤塚不二夫先生作品、ここから読んでみて欲しい!というオススメはありますか?
赤塚作品で言うと『もーれつア太郎』や『天才バカボン』が好きです。どちらもギャグ漫画なのですが、毎回ナンセンスなギャグがたくさん散りばめられた中にセンチメンタルなストーリーがあったり、考えさせられるストーリーがあったり自分が好きな要素がたくさん詰まっています。ニャロメの言うことがみんなに信じてもらえない回など、笑えるんだけれど胸がギュッとなる感じが、たまりません。赤塚作品はたくさんあるので『泣けるアカツカ』と言うセレクト作品集から読んでみるのをおすすめしたいです。タイトル通り、赤塚作品から”泣ける”回を収録した本なのですが有名タイトルから、マイナーで今では手に入らないタイトルのものまで収録されており、漫画好きの方は好きなんじゃないかな、と思います。笑いと悲しみが隣り合わせにあるおかしみを味わえます。『泣けるアカツカ』収録作品の中では『母ちゃんNO.1』『のらガキ』が好きです。
――― 先生が作品作りに影響を受けたと感じるマンガ、憧れているマンガはありますか?(またそれはどんな点でしょうか)
マンガで言うと『ONE PIECE』(尾田栄一郎/集英社)、『ぼのぼの』(いがらしみきお/竹書房)です。『ONE PIECE』からは「セリフのリズム」、『ぼのぼの』からは「話の着眼点」と「間」といった点で影響を受けています。それと赤塚不二夫先生の作品には全般的に影響を受けていると思います。また、マンガではないのですが、今回帯コメントをいただいた木皿泉先生の作品、ヨーロッパ企画(劇団)さんの作品の影響も強いです。憧れているマンガは、小田扉先生の作品全般です。発想と笑いのセンスが唯一無二だと思っています。
――― 担当編集さんとの打ち合わせではどんなことをお話されていますか?
連載の準備段階では主にシナリオの構造理論的な視点から指摘していただきました。最近では、まずこちらがかきたいものをかかせていただき、意見をもらうという形で作品づくりを進めています。担当さんは、漫画はもちろん、映画、本、演劇など多岐にわたって詳しいので、知識量とセンスにおいて信頼しています。また打ち合わせとは別にちょくちょくLINEでおすすめの作品(マンガ以外にも映画や小説、コントなども) を教えてくれたりすることも、作品づくりの参考になっています。
――― 担当編集さんからの言葉で印象深かったことはありますか?
言葉は若干違ったかもしれないのですが連載前、担当編集さんが「森つぶみ作品の本質は「寂しさ」かもしれないですね」といったようなことを言ってくださったことがあり、今までそのことを言及してくださる方はあまりいなかったのでうれしかったです。
――― いま読者として追いかけている連載作品があったら教えてください。
たくさんあるのですが、特に注目しているのは『横須賀こずえ』(小田扉/小学館)、『望郷太郎』(山田芳裕/講談社)です。
――― マンガを描きはじめたきっかけを覚えていらっしゃるでしょうか。
ものごころついたころからマンガが好きで、気づいたら描いていました!
――― 先生とマンガの出会いについて教えてください。
小さい頃見ていたアニメの原作の漫画を買ってもらったりしていました。『ドラえもん』や『ぼのぼの』などです。
――― 『転がる姉弟』1巻では毎話何かを食べているシーンがあって、しかもすごく美味しそうに描かれています。
毎話絶対に入れようと意識しているわけではないのですが、日常生活を描いていくと自然とたべるシーンが入ってくる感じです。逆に、何か物足りないとなったときに、たべるシーンを入れるとしっくりくることがあります。結果的に1巻では全話にたべるシーンが入ってますね(笑)。たべることが好きなのでたべもののシーンは描いていて楽しいです。むずかしいのですが、ちゃんと何のたべものかわかるように、生き生きとしたかんじに描けるようにと思いながら描いています。
――― 先生自身の好きな食べ物はなんですか?
なんでも好きなのですがハンバーグと牛乳寒天が好きです。第1話にもでてきますがお寿司も好きです。駄菓子も好きで、最近は「わさびのり太郎」が好きで作業中にたまに食べています。たまに「わさびのり太郎」がパリパリすぎることがあるのですが、そのときは少し残念です。やはり「わさびのり太郎」は少ししっとりして噛み応えがあるのが魅力だと思うので。お菓子では「チョコあ~んぱん」も好きです。たまに「チョコあ~んぱん」のぱん部分がパサパサのことがあるのですが、そのときは少し残念です。やはり「チョコあ~んぱん」のぱん部分はしっとりしているほうがおいしいので。ちなみに「チョコあ~んぱん」は袋タイプと箱タイプがあるのですが、箱タイプの方はパサパサになっていることがほとんどないので箱があるときは箱を選びます。
インタビュアー三木私物
インタビュアー三木私物
――― お菓子へのこだわり・・・!先生の作業お菓子遍歴を教えて下さい。その他にご褒美お菓子などもあるのでしょうか。
色々新しいものを食べてみるタイプというよりも同じものばかり食べているタイプで、「チョコあ~んぱん」は昔からよく食べています。作業中にたまに食べるのは、わさびのり太郎の他にはするめとかジャーキー系のかみごたえのあるしょっぱいもの、ラムネやポイフルなどのあまいものを食べたりします。ご褒美としては年に2、3回とかですがパフェを食べに行ったりします。
――― 最後になりますが、これから作品に触れる読者の方に一言お願いできればと思います!
みなとと光志郎、ふたりの日々を楽しんで読んでいただけたらうれしいです!
森つぶみ先生、ありがとうございました!
先生のイラスト表紙が目印のまんきき38号の頒布店はこちらで案内しています