「マンガは描き終わったら誰かに読んで欲しいし、感想を聞きたいな、と素直に思えるものでした。」まんきき42号『ホテル・インヒューマンズ』田島青先生インタビュー

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最高のホテルには条件がある。
「極上の食事」、「至高の癒やし」、「魅惑の娯楽」…
そして、“最新の武器手配”、“安心の身元詐称”、“完璧な死体処理”――!?

そのホテルの…「お客様は殺し屋様」。
もてなすのは決して『NOと告げない』コンシェルジュ。

死の境界線で語られる、インヒューマン(=人非ざるもの)・殺し屋たちの望みとは!?
いま鮮烈のキリング・ホテル・ドラマの幕が上がる―――!

殺し屋にも引けを取らない入念な準備によるストーリー構成
コンシェルジュにも遜色しない読者へのおもてなし
先生のマンガへの愛を御覧じませ

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――― 初連載&初単行本おめでとうございます!殺し屋たちの集まるホテルでお客様をお迎えするコンシェルジュという魅力的な設定の作品です。今作の着想のきっかけはどんなところだったのでしょうか。
ありがとうございます!この作品を始めてからたくさんの声をいただき感謝しています。着想のきっかけは担当さんとの2年半くらい前の打ち合わせです。いくつか持っていった作品案にピンと来ない雰囲気になっていたとき、ブースの窓から隣のビルの明かりが見えました。ふと地元のホテルが頭に浮かんで「ホテルのことも描きたかったな。メモだけ書いたけど作品案に入れ忘れたな」と思い出しました。人生でほとんどホテルに縁がなくその分「豪華なきらびやかな遠い世界」として憧れのようなものが私の中にあったんです。それで担当さんに「ホテルのことに興味があります」と伝えると、担当さんがしばらく間を置いて「ホテルと殺し屋はどうですか?」と反応をくれたんです。「殺し屋」の方のアイデアは私には無かったので驚いたのですが『LEON』が元々好きでしたし、直感的に面白そうだな思い具体的に考えてみることになりました。その時のことを担当さんに聞いてみると、私が昔に構想していた「平安時代に疫病が流行り、死が蔓延している世界」を膨らませたお話があるのですが、その時に「死のイメージ」について話していたことが印象的だったそうです。そこから得た「静かな死」と「華やかな生=ホテル」という部分を繋いだ提案だったと。ここから主人公が殺し屋だったりコンシェルジュだったりと色々なパターンを深掘りし、次の打ち合わせの時に「インヒューマンズ」という言葉を持っていった記憶があります。
――― 作品タイトルを際立たせる「インヒューマンズ」、作中ではここに”・”が加わることで両面的な意味合いを持っていてすごくハマっているワードだと感じました。
いまパソコンの履歴を見てみると、担当さんとの始めの打ち合わせのあとに『ホテル・アサシン・トウキョウへようこそ(仮)』というメモが残っていますね。たしか、ここからアサシンなどの直球のワードではなくて、何か違うもの、新しいものがないかな、と調べていった形です。「殺し屋」から連想されるワードを繋いでいくうちに、「非人間的な」→「インヒューマンズ」に辿り着いて、次の打ち合わせで『インヒューマンズ・ホテル』というタイトル案を持っていったら、担当さんの反応が良かったのを覚えています。最終的に語呂の良さなどから、順番をひっくり返した、いまのタイトルに落ちつきました。タイトルから派生してつけた作中のホテル名ではあるのですが、「ホテル・イン・ヒューマンズ」と”・”を1つ加えています。英語的には変な言いまわしになってしまうのは分かっているのですが、「人間」という言葉をどこかで強調できればと思って、と。まあ、でもダジャレ的な発想に近いかもしれませんね。
――― 連載となってからはどんな打ち合わせをされているのでしょうか。
ケースバイケースではありますが「どんな殺し屋の話にしようか?」が基本のスタートラインな気がします。私自身が色々な人を描きたいと考えていて、年齢・セクシャリティ・生い立ち……などを打ち合わせで掘っていって、今回描く人のドラマを見つけていく感じです。そこが根っこにあるので、構成や演出、エモーショナルにするためのアイテムだったりなどは、極論を言ってしまえば後から足し引き出来るものと考えているのかもしれません。その分だけトライ&エラーを最後まで繰り返して、なんとか読者までドラマが届くものに仕上げたいと四苦八苦しています。
――― 先生が「殺し屋」や「ホテル」と聞いてイメージする作品は何ですか。
「殺し屋」と聞いてイメージするのは前述の通り映画の『LEON』(監督:リュック・ベッソン) です。哀しい終わりだけど希望があるというか。「ホテル」と聞いてイメージするのは映画の『グランド・ホテル』(監督:エドマンド・グールディング) です。原初の群像劇として「グランド・ホテル方式」という言葉になるくらいの作品です。超高級ホテルで様々な背景をもつ宿泊客と、その人たちが繋がっていく様相が好きというか、とても興味があります。大学時代に一度卒業論文のモチーフにしようかと考えていたことを思い出しました。
――― 番外編である「オフ・ザ・ヒューマンズ」からもキャラクター作りに対する先生の熱意を感じています。登場するキャラクターたちにはどのぐらい設定を準備されているのでしょうか。
この作品は今の形になるまでに何回か仕切り直しをしており、特に主役の2人はその試行錯誤の中で組み上がっていったように思います。作画のタイミングで「あ、こういう人なのかな?」と気付くことも多いです。表情や感情的な部分は描いて初めてわかるというか、描くことで自分の中で同時進行的にキャラか出来てくる感覚が近いかもしれません。
――― 夫婦愛であったり子守唄の存在であったり、一話一話に配された題材がドラマを生んでいて物語に惹き込まれます。お話の構成はどのように考えておられますか。
まずこの作品をつくるにあたって「殺し屋」のことを考えました。いまの日本の年間行方不明者数だったり、歴史に登場する殺し屋だったり、ナチスに対するレジスタンスに実在した殺し屋の話であったり。そうした中で「殺し屋が普通にまぎれて存在する」方が、自分の中でのリアリティとして自然だと感じるようになりました。そこを下支えとして、たとえば夫婦を描く時は「完璧主義の殺し屋はどんな生活なんだろう?配偶者はそのことを知っている?それとも知らない??」とドラマ部分をふくらませています。そこに同時並行してこの作品ならではのホテルサービスとの掛け算について「子守唄」「ダイイング・サービス」「花言葉」など各エピソードを盛り上げるポイント作りを意識しながら頭を悩ませています。
――― 個人的にすごく刺さったのがrequest.1での「19個の子守歌」という設定でした。民俗とお話のスイッチとが上手く繋がれていて驚いたのですが、この回の構成はどのように練られたのでしょうか。
一番始めは「殺し屋と小さな男の子が出会い、殺し屋がその子からピアノを習う話」を考えていました。しかし打ち合わせの中で1話目としての難しさを感じ、もう少し兄弟姉妹のような親しい関係性を描く方がいいなと考えて「子守唄」のアイデアを出したと記憶しています。また1話目は「沙羅のアクションの派手さ」に対する「生朗の頭脳プレイ、情報収集・操作」のバランスをどう見せていくかも悩みどころでした。謎解きシーンとしての見せ場が映えるように、子守唄のアイデアを膨らませながら「厳しい環境の生い立ち」や「19個の制限=その土地柄での希望の表れ」などの設定、そしてそれらを伏線に落とし込む……などの作り込みに苦心しました。こう書くと色々と計算立てて作られたように感じるかもしれませんが、行き詰まっては担当さんと打ち合わせを繰り返して試行錯誤の連続で毎話作っています。特に構成については、そのエピソードが最大限にエモーショナルになるように。それこそ作画を仕上げた後の最後の最後に構成を組み替えるときもあります。
――― 構成の練り込みにすごい力の入れようを感じます。日の目を見なかったページもたくさんありそうな・・・。連載作品がある生活には慣れられましたか。
日の目を見なかったページはたくさんありますね。使わなかったところも別のタイミングで物語のヒントになったり、キャラの感情を描く下地になったりと後で活きてくることがあって無駄ではないものと考えています。連載生活に慣れたかというと分かりません。打ち合わせ・ネーム・作画と日々やることが常に目の前にあって毎日を必死に生きている感じです。回を追うごとにバタバタしています…。 連載前は外でネームを描くこともありましたが、コロナウイルスの流行からなかなかそうもいかなくなり今はネームも作画も専ら自室でやっています。気分転換に部屋の窓を空けながらすることが多いですね。元々夜型なんですが作業が佳境になる深夜から明け方が一番集中しているかもしれません。
――― 沙羅と生朗はこのホテルで何代目のコンシェルジュにあたるのかが気になっています。物語の大きな展開については現時点である程度決めておられるのでしょうか。
何代目なんでしょうね?ホテル自体はそれなりの年月を経た建物として考えていますが、自分でもはっきり決めてはいない部分も多いです。物語の大きな展開も考えていることはあるのですがそれを不変のものとはしておらず、描いていくうちに変わったり見えてきたりするだろうと思っています。描いていくうちに2人の解像度が自分の中であがっていき、それによって物語も揺れていくのかなと思います。
――― はじめての連載作品として意識されていることはありますか。
読んだときの感情はそれぞれの心の中で生じるものだと考えています。もちろん自分が狙って描いている感情というものはあるのですが、それはあくまで自分のもので読者とイコールになるとは限らないと思っています。だからこそ話の流れや状況が読者に極力伝わる形になるようにギリギリまでページ構成を組み直しています。
――― 殺し屋にとって重要な武器ですがこだわっている部分があれば教えてください。
各キャラのイメージが先にあります。実用的なものを好むタイプか、装飾があるものが好きか、など。たとえば、1話目のシャオに関しては殺し屋になったきっかけの日に手にした拳銃をずっと使っています。「これ一つで生き抜いてやる」という彼の意志のようなものを感じていて。また沙羅の髪飾り式のナイフは連載準備中からこの形で行こうと思っていました。「沙羅は踊るように、舞うように闘って欲しい」という担当さんからの声もあり、体全体を使ったアクションに合うように、片手でおさまるなるべく小さい武器としてセレクトしました。あと、髪飾りをナイフにするときに、バサーっと広がる髪の演出も大事にしています。ナイフと髪はもうセットですね。そうした部分を含めて「沙羅の全体のシルエットが様になる」ことを意識しています。そんなイメージを元に設定や資料などを私が用意し、武器の作画はアシスタントさんにお願いしています。
――― カラーイラストの鮮やかな色彩やグラデーションを楽しんでいます。こういった色使いには何か原体験みたいなものがあるのでしょうか。
今のところこれしかできないのが正直なところです。この作品を描くまで漫画のカラー絵を描いたことがほとんどありませんでした。学生時代は水彩画や日本画を描いていたのですが、それをデジタルでやってみたらこうなったという形です。作画に追われていくうちにデジタルでのカラー塗りなどを勉強する時間もなくなり、気付けばもうカラーを描かないといけない時が来まして……。唯一知っている方法で乗り切った感じです。
――― 水彩画や日本画を経てということでしたが、そこでの経験とマンガとの間に感じる共通点や、逆にマンガならではと思う点はありますか。
油絵などの西洋の「面で絵をとらえる」絵画に対して、日本画の墨で輪郭線を引く「線で絵をとらえる」部分がマンガと共通しているかもしれません。高校一年生のときはじめての美術の授業で菊の花のスケッチを描いたのですが、私の絵を見た先生に「あなたは線の人ね」と言われたことを思い出しました。その一言だけだったので先生の真意は分からないのですが、その意味に適う人にこの先なれたらいいなと少し思います。
あと私の中で絵画は人に見せなくて満足する、自分で描き終わって満足する、どこか自己完結するものだったのに対して、マンガは描き終わったら誰かに読んで欲しいし、感想を聞きたいな、と素直に思えるものでした。そこが、自分の中で大きく違う部分かもしれません。
――― 先生がマンガ制作で使っている道具を教えてください。
アナログ作画はGペン、ミリペンを使って、紙はコピー用紙を使っています。インクは墨汁です。スキャンで取り込んで仕上げはデジタル(クリスタ) です。大コマやしっかり描きたいところはアナログ作画、時間的な制約の中で、小さいコマはデジタル作画にすることもあります。
――― 先生が作品作りに影響を受けたと感じるマンガはありますか。
BLACK LAGOON』(広江礼威/小学館/サンデーGX)
元々大好きなのですが、今回の作品を描くにおいて改めて意識的に読んでいます。主人公のロックが普通の社会から巻き込まれる形で裏社会にいき、自分なりの正義や悪を定めていく部分は生郎を描く上での参考にしています。
シュトヘル』(伊藤悠/小学館/月刊!スピリッツ)
高校生のときに『皇国の守護者』(原作:佐藤大輔 作画:伊藤悠/集英社/ウルトラジャンプ) に出会い、とにかく絵のかっこよさに痺れました。その後に読んだ『シュトヘル』で描かれた「登場人物たちの生き様」に憧れました。なによりキャラクターに対してのシビアさと愛情が共存していて。ただのファンですね。
ヒカルの碁』(原作:ほったゆみ・漫画:小畑健/集英社/週刊少年ジャンプ) と『魔神探偵脳噛ネウロ』(松井優征/集英社/週刊少年ジャンプ)
バディの形として、という意味だとこの2作品でしょうか。非凡なキャラクターの導きによって一見平凡なキャラクターが影響を受けて変化していき、気付けば非凡なキャラクターに影響を与える存在となるのが好きです。サラと生郎の関係性にどこか繋がっているかもしれません。
バイオレンスアクション』(浅井蓮次・原作:沢田新/小学館/やわらかスピリッツ)
この作品を読むことで、殺し屋が日常にいる温度感はクリアになった感じがします。最近ですと映画の『ベイビーわるきゅーれ』(監督: 阪元裕吾) で同じ温度感を感じました。
――― ウェブ上での連載と並行して「サンデーGX」にも掲載されるという珍しいパタンになりました。紙の雑誌に載っていることを見ての感想や印象などはありましたか。
素直に「すごく嬉しいな」と思いました。2話目のときの方が「わー、自分の漫画が載っている」という気恥ずかしさとか、そうした気持ちが新鮮に感じられたかもしれません。1話目は完成まで作画にもすごい時間がかかり、何度も何度も見直したときの自分の感覚が思い出されてどうしてもまたチェックをしている感じが強かったです。
――― いま読者として熱を上げている連載作品(マンガ)があったら教えてください。
女の園の星』(和山やま/祥伝社/フィールヤング)
星先生や周りの先生たちもさることながら、あの生徒たちのリアリティや絶妙なかわいらしさが最高です。
北北西に曇と往け』(入江亜季/KADOKAWA/青騎士)
新しい話を読みたいな、といつも待機しているといえば、この作品ですね。読者として大好きな作品はまだまだたくさんあるのですが、このあたりにて。
――― 2018年夏「マンガワン 新・月例賞」でのデビューまではどのようなな制作活動を、またデビューからこの連載までにはどのようなことに取り組まれていましたか。
デビューまでは友人とショート漫画をコミティアに出していました。漫画を描き始めたのは大学に入ってからだったので、すぐに就職活動をすることになってしまいました。就職してみるとコミティアに新作を描いていく余裕がなくどっちつかずとなり……。ちゃんとマンガを描こうと決めて雑誌の「ヒバナ」(小学館) の新人賞に投稿しました。それまでの持ち込み経験を思い返してみると少年誌に持ち込みをすると「少女誌っぽい」と言われ、少女誌に持ち込みをすると「少年誌や青年誌っぽい」と言われていました。そんな中で当時出たばかりの「ヒバナ」の創刊号を読んで並んでいた先生方の顔ぶれや題材(歴史・セクシャリティ・ギャグ・ラブロマンス…etc) からここなら何か合う部分があるのでは?と感じたのが投稿のきっかけだったと思います。その「ヒバナ」で担当さんがつき、元々の投稿作に修正したのがマンガワンの月例賞でデビュー作となった『放課後の隣人』です。(※担当さんの社内異動に合わせてマンガワンに出す形となりました)
デビューした後は「疫病が流行り、死が蔓延している平安時代」を題材にした連載企画を1年ぐらい練っていました。しかしこれが行き詰まってしまい、自分の中で当時の担当さんに中々連絡が取りづらい気持ちになっていました。そこで色々な意見を聞いてみようとコミティアの出張編集部に持ち込みをしてみたところ、今の担当さん(その時はスピリッツ編集部所属) から「一緒に新作を作りませんか?」とお話をいただき、そこから『ホテル・インヒューマンズ』を考え始める流れとなります。ただそこからも物語に落とし込む試行錯誤が続き、連載が決まるまで1年半くらいかかりました。その間に担当さんの社内異動も重なって最終的に「サンデーうぇぶり」での連載となりました。
――― マンガを描き始めたのは大学に入ってからとのことでしたが、何かきっかけはあったのでしょうか。
明確なきっかけというものではなく「それまでの流れ」の着地に近いと思います。小さな時は漫画家になりたかったのですが、高校で絵を勉強していくうちに周りの才能の凄さを目の当たりにして「とてもじゃないけどなれないな」と思うようになっていました。その体験から自分一人の力で出来ることよりも多くの人が携わって出来上がる映像の世界に興味を持つようになったのですが、自分から周りに積極的に働きかけていく性格ではなかったりと今度は多くの人で作る大変さに大学に入ったときにぶつかってしまいました。自分の中に「映像にしたいな」と思っていた企画があったのですが、漫画なら自分一人で監督・脚本・演出・キャストのすべてが作れる、これを形にするとしたら漫画だなと回り回って着地したのを覚えています。
――― 最後になりますが、はじめて作品に触れる読者の方に一言お願いできればと思います。
すこしでも楽しんでもらえたら嬉しいなと思っています。読んでもらえるだけで、時間を使ってもらえるだけで嬉しいです。キャラでもセリフでも何でもいいので、そこから少しでも好きになってもらえる部分を感じていただけたら幸いです。
田島青先生、ありがとうございました!
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