「そういった評価は、結果に関わらずきっと今後の漫画制作の糧になるだろうと思えました」まんきき44号『スカライティ』日々曜先生インタビュー

ひとりぼっちディストピア紀行、開幕!
荒廃した世界を旅する一体のロボット。
彼の目的は、不死身となり世界に残ってしまった人間の未練を断ち切り、“殺す”こと。
出会い、未練、そして“別れ”を通じて人を知る。
彼の旅の行き着く果ては、一体──!?

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――― 初単行本おめでとうございます!物語と絵の親和性と言いますか、それぞれに魅力を持ちながらも掛け算でさらに引き込まれる今作を楽しく拝読しています。このすこしふしぎな終末世界で、人々の思いを成就させ永遠の眠りを与えていくという物語が生まれた経緯をお聞きしたいです。
ありがとうございます!この設定ができた明確な理由は覚えておりません…。漫画家として活動する前は船乗りとして働いていたのですが、仕事柄、危険や死が身近にあり、またそれについて長く考えさせられる状況でしたので、その時の環境が死生観的なテーマを含んだこの作品を形作るきっかけになったのかなと自分では思っています。
――― 3話では作家が本を書き始めた経緯が語られましたが、先生が数ある創作の中からマンガを選んだきっかけはどんなものでしたか?
子供の頃からマンガが身近にあったことと、作業を全てひとりで出来ること、などが大きいかと思います。とはいえこれまでを振り返ってみると、常に周りの人たちに協力してもらい、支えられながら作品を作ってきたんだなと、最近はよく思います。
――― 現代の船は様々な専門性を要求しそうな印象ですが、どんなお仕事だったのか差し障りのない範囲で教えていただけないでしょうか。
3ヶ月~半年ほど船舶に乗り、物資輸送のため船舶を運用していく仕事です。私はその中でも、機械を整備したり運用したりする部署に勤めておりました。大きな機械を取り扱ったり、大自然の力に晒されたりするので、物理的な危険は常に身近に存在していたと思います。また精神的な面としても、陸から離れた洋上でほとんどの日常を過ごすので、なかなか電波が届かず世間の情報にあまり触れられなかったりして、大袈裟にいうと自分が浮世離れしていくような感覚があり怖かったです。
――― お話を聞くだけでも厳しさが伝わる船乗り業ですが、そんな中からマンガの執筆を始めたきっかけはどんなことだったのでしょうか。
高校生の頃から薄ぼんやりと漫画を描いてみたいなと思っていましたので、特に船乗りだからというきっかけは無いかと思います。とはいえ、実際に漫画を描き始めたのは23~24歳ころだと記憶していて、その頃に「このままだと何もできずに人生が終わってしまう!」といった焦りがあって、漫画を描き始めた部分があったと思います。
――― 小学館が主催する新人コミック大賞、青年部門での大賞受賞を知った瞬間はどのような感じでしたか?また数ある賞の中でこちらに投稿をされたきっかけはどんなものだったのでしょうか。
前述のように、まだ船に乗って働いていた時だったので、船上にて編集部から連絡をいただきました。その頃、海は大時化な上に、航海もかなりの繁忙期だったのでフラフラになりながら夢見心地で受賞連絡を聞いた覚えがあります。なので1週間ほどは「あれは夢だったのではないか…?」と思っていました。小学館新人コミック大賞へ投稿した理由はいくつもあるのですが、まず、どうせ挑むのなら1番デッカい賞に応募しようと思っていたので、その点は賞金の額を見て決めました。また、他雑誌の各賞の作品に対する審査員評と比べて、新人コミック大賞では、最も正直で辛辣で忖度のない審査員評を頂けると思ったからです。そういった評価は、結果に関わらずきっと今後の漫画制作の糧になるだろうと思えました。実際に私が受賞した際に頂いた各先生方からの講評は、一言一句全てが宝物で大切な思い出であり、漫画を描いていく糧となりました。また、第82回で大賞を受賞された関野葵先生の『縁を切る男』を初めて読んだ際に、こんなハイレベルな作品じゃないと大賞は受賞できないのか…と、完全に打ちひしがれていたのですが、同時に、私もこの作品と同じ舞台に立ちたい!と思い、同じ賞を選びました。その後、受賞作の原案ネームをイベントでの出張編集部へ持ち込んで、数社回らせてもらったのですが、どこも反応が悪くて、もうこれはダメなのかな…と諦めていたのですが、たまたまその場で関野先生にお会いしたので、せっかくなので記念にとネームを見てもらったら、関野先生だけは「面白いので賞に出すべきだ!」と言ってくださったので、もうこれは新人コミック大賞以外ないなと思いました。
――― 関野先生との邂逅、貴重なお話をありがとうございます。しみじみ拝読しました。その後、アシスタントなどを通じて他のマンガ家の方々とも接点が生まれたりしたのでしょうか。
アシスタントの経験はほとんどなく、他の漫画家さんと知り合う機会はあまりなかったように思うのですが、漫画を描き続けていると自ずと漫画家さんの知り合いが増えていったようにも感じます。中には、憧れていた方とも知り合えてお話しさせてもらったりもしたので、そういった時に漫画を描いていてよかったなと思います。
――― その受賞作となった『トリックスター』についてもお話を聞かせてください。見事なモラトリアム感と人間性が壊れそうなほどの事件が起こる読み切りですが、先生自身はどんな学生生活をお過ごしになったのでしょうか。
高校が船員を育てるというような専門職系の学校だったのですが、そこがほぼ全寮生な上、山と海に囲まれていた田舎だった為、隔離された刑務所みたいな環境で浮世離れしたような高校3年間を過ごしました。その分、自然には多く触れ合えたのかなと思います。私は大学には行ったことがないので、大学生を描いた『トリックスター』の生活感とは全く無関係かなと思います。
――― かえって『トリックスター』の着想になったきっかけも気になるところです。どんなところがスタート地点になったのでしょうか。
ストーリーとしては、知り合いに「(私自身の) 女性観が知りたい」と言われたことがきっかけになったのかと記憶していますが、最終的には「精神的童貞の卒業について」といったテーマの作品となりました。
――― 大きな賞の受賞からの初連載というのもまた緊張があるものかなと思いますが、どのような準備を進めて、また踏ん切りをつけられたのでしょうか。
連載前の準備としては主に世界観や設定を固めていくことに時間を費やしました。通常の連載とは違う形での決定となったので、様々な緊張やプレッシャーもありましたが、どんな経緯であれ、結局自分のやるべきことは漫画を書くこと以外にないなという考えに至り、連載に集中できたかなと思います。また、自分の思い描く理想とするような作品を実際に具現化することはできないものですが、ただそういった、どう足掻いてもその時に描けるものしか描けないという現実を理解することで、むしろ踏ん切りがついて目の前の原稿に向き合っていけたなとも思います。また、それゆえに一回一回を精一杯やっていかねば、とも思えました。
――― 『スカライティ』で一番時間がかかっているのはどんなところですか?
全部満遍なく苦手なので、全てにおいていつも苦労しています。また、この作品の設定上しょうがないことですが、自分の中で愛着が湧いてきたタイミングでどのキャラクターも死んでしまうので、その点については苦労というか、毎回心苦しく思っています。
――― 1話の見開き、2話冒頭の枝でのコマ割り、3話の本を開くコマ、5話の「想像してしまったのだ」など読後に印象を残す絵が多いことにも魅力を感じています。ネームの段階でこれが描きたいという絵がパッと出て来るのでしょうか?
ネームの時に限らず、どのタイミングでも描きたいと感じさせられるシーンを思いつくことはありますが、そのほとんどはネーム以前プロット以前の構想段階であることが多いです。
――― 作中の絵につきまして「描きたいと感じさせられる(思わせられる) シーン」と受動態だったことを面白く感じています。『スカライティ』では描きたい絵に向かって物語を肉付けしていくのでしょうか?それとも大まかな物語のワンシーンから絵を起こしていくのでしょうか?
基本的には、先に思いついたシーンや絵に合わせて全体の物語を作っていくパターンが多いですが、それだけだと大抵物語が破綻してしまうので、それらの案を切り捨てながら、物語の形にしていく感じです。なので、形にすることが出来なかったアイデアもたくさんあるのですが、その分新たに発生するアイデアもあったかと思います。
――― スカライティでまさに先生が描きたいと感じたコマ、楽しかった・力作のコマをご紹介いただけないでしょうか。
・1話目の序盤と終盤の見開きページ

(こちらは序盤)

・2話目の樹の枝でコマを割ったページ

・5話目の回想中に部屋に海水が流れ込んでくるコマ

・6話目14ページ目の上部
 こちらはぜひ単行本で!

などです!

――― 先生の作画環境を教えてください
作画環境はフルデジタルで、機材はiPad、ソフトはクリップスタジオを使用しています。ネームはたまに紙とペンを使ったりしてます。長年iPadを使用してきたので、新人コミック大賞の副賞で頂いた機材については残念ながら活用できておらず、宝の持ち腐れとなっていますが、思い出の品として大切に保管しています。
――― iPadでの作画というのは珍しいお話で気になっています。どんなメリットとデメリットを感じておられますか?
メリットとしては、持ち運べるのでどこででも作業ができることや、iPad一台で漫画制作の全ての作業を完結できることなどがあります。あまりデメリットを感じたことはないのですが、取り回しがしやすい分、例えば寝転びながらでも作業ができるので、逆にそれが身体を痛める原因にもなったりするかもしれません。
――― タイトルの『スカライティ』や登場人物たちの名前、どれもなかなか聞き慣れないのにいい音を持っているなと感じています。こういったネーミングについてはどこから着想を得ているのでしょうか。
言葉の音には気をつけているので、そう思っていただけて嬉しいです!趣味で気に入った言葉や新しく知った言葉をメモして、言葉集めをしているのですが、だいたいはその中のものを引用して使っています。
――― 先生が作品作りに影響を受けたと感じるマンガはありますか?
漫画といえば少年誌のバトル漫画しか知らなかった高校生の頃に浅野いにお先生の『おやすみプンプン』(小学館) を読んだのですが、漫画はこんなにも自由で幅のある感情を描いてもいいんだなと感銘を受けました。作品作りというか、具体的な部分では参考に出来てはいないのですが、もっと根幹の部分として、漫画の自由さについて影響を受けたかなと思います。描線については、松本大洋先生の影響を受けているかと思います。私は絵を描き始めた頃にいろんな理由で、真っ直ぐな線を引くことができずに悩んでいた時期があったんですが、松本大洋先生の作品に出逢って、整った曲線や綺麗な直線だけが美しい描線ではないのだと感じて、その後の漫画を描く勇気を頂けたなと思います。ベタの使い方については尾田栄一郎先生の『ONE PIECE』(集英社) を読んだ時に、初めてベタを美しく感じ感銘を受けました。他にも、影響を受けた作品はここではあげきれないほどたくさんあります!自分は常に様々な作品から影響を受けているなと思います。
――― いま読者として熱を上げている連載作品(マンガ) があったら教えてください。
浄土るる先生の『ヘブンの天秤』(小学館) です。残酷な展開や心苦しい描写がある中でも、笑えるシーンがたくさん入っていて、そのバランスが心地良いような、クセになる読み味があって最高です。漫画を描く人間としての目線で漫画を読んでしまいがちなのですが、完全に読者目線で作品を享受できる、そんな数少ない作品です。
――― 気鋭の作家、実力のある新人・若手の読み切りが多く掲載される「月刊!スピリッツ」という雑誌は先生にとってどんな場所でしょうか。雑誌に自分のマンガが載っていることで感じることはありますか?
初めて自分の作品が掲載された雑誌でもあるので、思い出深い場所となっています。また、初連載も同じ雑誌での掲載となりましたので、大変嬉しく思いました。雑誌に自分のマンガが載っていることについては、単純に感動がありました。数年前までは、自分の漫画が掲載されている雑誌が書店に並ぶなんて夢にも思っていなかったので。
――― 現時点でマンガ家として何か目標としているようなことはありますか?
長期的な目標としては、前述の小学館新人コミック大賞での審査員をできるくらいになれたらなと思っています。あと、今の掲載誌で表紙を飾ることです!
――― 最後になりますが、はじめて作品に触れる読者の方に一言お願いできればと思います。
作品に触れていただきありがとうございます!作品を読んでみてどう思ったか、ぜひ教えてください!よろしくお願いします!
日々曜先生、ありがとうございました!
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