「辛い時そっと隣にいる友達のような存在になれたら幸いです」まんきき39号『自転車屋さんの高橋くん』松虫あられ先生インタビュー

『自転車屋さんの高橋くん』3巻書影

飯野朋子(はんのともこ)、略してパン子30歳は会社でもプライベートでも本音が言えないのが悩み。
そんなパン子にそっと寄り添う、心優しいヤンキーの高橋くん。
キスしてから一緒に過ごす時間が増えたけど…これって付き合ってるのかな?
「ヤンキーの人に、良いように利用されてるんじゃない?」
以前デートに誘ってきた同僚・山本さんから
今いちばん言われたくないことを突っ込まれてしまい…!?
世話焼き年下ヤンキー×ちょいネガティブなアラサー女子のご近所ラブストーリー♥
『自転車屋さんの高橋くん』公式Twitterアカウント @TAKAHASHI_cycle

「自分らしくありたい」って難しい。
もし誰かといることでそうなれたら、
それはすっごく素敵かもしれない。

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――― 男女問わず高橋くんにメロメロにされている書店員一同です。この作品のタイトルにもなっている高橋くんですが、彼はどこから生まれたのでしょうか。
本当に何となく…と言いますか、よくコミティアに参加していたのですが何か4ページの無料配布の漫画を描こうと思って、何かネタが無いか考えていた時に「そういえばこの間自転車の修理に持って行ったお店の店員さんがツナギを着たイケメンだったな~」とか思い出して描き始めたのが始まりです。※https://twitter.com/i/events/922483816014295040
――― 偶然の出会いから生まれた作品だったんですね!そんなイケメン店員さんの外見から、こんな内面のキャラクターがいいなと思ったのはどんなきっかけだったのでしょうか。
自転車屋さんで見かけた店員さんは、ヒントとなっただけで見た目は高橋くんと全然違います。どちらかといえば高橋くんを作るエッセンスとなったのは今まで出会った「見た目はちょっと怖いけど優しくしてくれた人達」が元になってると思います。
――― 前作『鬼娘恋愛禁止令』(徳間書店/COMICリュウ) の主人公も不良要素のある男の子でした。先生のツボがここに・・・?
当時これと決めていたわけではないんですが、例えばクラスで皆が「何だよあいつ」って思うような子って本当は意外な一面があるんじゃないかとか、内に秘めてる想いがあるんじゃないかとか、大勢の中から取り零れてしまった人、またはそれを自ら選んでる人の事が気になるという所は常にあります。
――― 高橋くんと主人公の朋子(パン子) のふたりを見ていて、こういう恋愛マンガも素敵だなと癒やされながら読んでいます。先生自身は一話一話のストーリーを創るときにどのようなことを考えているのでしょうか。
とにかく高橋くんといい、パン子といい、そのキャラ「らしさ」を失わないように気を付けています。高橋くんもパン子もこういう人間だからこういう事で意気投合したり衝突したり…など、そのことによって話が動くことを重要に考えてます。
――― Twitterで公開されていたマンガから商業連載へと発表先が変わるにあたって、何か意識されたことはあるのでしょうか(パン子は言葉遣いからもいまとは少し違った印象を受けますね)。
特に何も考えてないのですが、やはり同人誌は自己満足なところもあるので編集さんが入ることでテーマをもっと的確にしたというか、もっと煮詰めていった感じがあります。
――― 高橋くんが何を考えているかということについては行動や仕草から感じとることが多いのですが、先生の中では高橋くんのハッキリとした行動基準はあるのでしょうか。
高橋くんはあまり語彙が多くない人なので、あまり饒舌にしゃべらせないようにしてます。相手の感情に敏感という点では動物を参考にしたりしてしまいます。
――― 高橋くんの好きなお店や行動範囲にリアルな生活感を受けているのですが、モデルになっている町があるのでしょうか。
高橋くんが住んでいる街は、自分の出身の街を資料にしています。田舎過ぎず都会過ぎもしないので丁度いい街です。
――― 高橋くんが使う岐阜弁(のなかでも美濃弁なのかな、と思うのですが) を可愛く感じています。方言男子を書く楽しさ・難しさなどあれば教えてほしいです。
地方のマイルドヤンキー感を出したかったので、そのあたりしかこだわってないです。よく名古屋弁と間違われてしまうので、岐阜っぽい言い回しを吟味するのに時間がかかってしまったりはします。
――― 先生のカラー絵が繊細でとても好きです。お気に入りの画材など教えていただきたいです。
ホルベイン透明水彩の絵具と色鉛筆です。これでしか描けません(笑)。12色のセットしか持っていなくて今まで色を混ぜまくってたのですが、チャリ橋くんの連載を始めて絵具を譲っていただいたりしたので今は結構色んな色を使えてます。
――― 作画はどのあたりまでアナログで行われているのでしょうか。また1話あたりはどのぐらいお時間をかけていますか?
作画は背景までアナログで描いてます。それをPCに取り込んでトーンなどの仕上げをアシスタントさんにお願いしてます。1話あたり大体2週間ほどです。最初は中々間に合わず編集さんに締め切りを伸ばしてもらってましたが、やっとペースをつかんできたように思います。
――― 連載のペースをつかめたきっかけは何かあったのでしょうか。
単純に何度も描いてペースが上がって行ったというのがありますが、アシさんを導入しどこまで任せられるかを見極められるようになったことが大きいかも知れません。
――― アナログ作画の際の画材はどのようなものを使っていますか?
――― お話づくりに際して担当編集さんとはどんなことをお話されていますか?
有り難い事に担当さんとは価値観が似ている(と思う) ので、大事にしたい事などが一緒で伝えたい事に関してはいつもすんなり打ち合わせ出来てるように思います。最初の方は私が恋愛ものに疎くて担当さんに「もうちょっとこういう所が見たいんです!」(ふたりが手をつないでる等) と要望をお伝えくださる事がよくありました。
――― 恋愛ものに疎い、とのことでしたがもし印象に残っている恋愛ものがあったら教えてください。
恋愛ものはどうしてもドロドロ展開になるのが怖くて勇気がいるんで『アメリ』ばっかり見てしまいます(笑)
――― パン子の職場での悩み、すごく分かります。先生にもお勤めの経験があるのでしょうか。
殆ど無くバイトや派遣しかないので逆にそう感じていただけて有り難いです。分らないことは似たような会社に勤めている友達に聞いたりしてます。
――― あまりマンガに関係のないことですみません。先生は冬の寒さ対策はどのようにされているのでしょうか。作品の生活感が素敵なのでつい知りたくなってしまいました。
めちゃくちゃ冷え性なので前は脹脛(ふくらはぎ) まで冷えていました。厚手の靴下・ブランケット・電気ヒーターが必須でしたが、家を建てまして断熱がしっかりしてるのと床が無垢材になったおかげであまり寒くなく、また筋トレをがんばっているのでエアコンかガスヒーターをつけるのみで素足で過ごしてます。
――― 先生が作品作りに影響を受けたと感じるマンガはありますか?
主に手塚治虫作品や楳図かずお作品の影響が大きいです。チャリ橋くんは最初ゆるい話になるだろうと思ってたのに、描くにつれてどんどん「人間ってなんなんだ」って気持ちになってくるので上記の先生たちの影響が大きいのかなと思います。あとシンプルに絵柄ですかね。楳図先生の描く女の子好きなので。
――― それぞれの作品との出会いはどんなきっかけだったのでしょうか。
手塚先生の作品は高橋くんみたいに小学生の頃に図書館で読んだ『火の鳥』と『ブッダ』が始まりです。楳図先生の作品は従弟が読んでいたのを読ませてもらったのが始まりです。
――― 楳図かずお先生の美少女絵、これまで気づけていなかったのですが確かに素敵ですね。楳図かずお先生のなかで特に好きな(オススメの) 作品はありますか?
すぐ思いつくのは『漂流教室』(小学館)です。特に現代だとコロナ禍で起きていることを象徴しているように感じる場面も沢山あるのでお勧めしたいです。全体的に楳図先生の作品は怖いだけじゃなく「人間とは」的なことを考えさせられる場面がたくさんあって好きです。
――― いま読者として連載を追いかけているマンガがあったら教えてください。
ダントツで椎名うみ先生の『青野くんに触りたいから死にたい』(講談社/アフタヌーン) が好きですね。漫画としてかなり面白いうえ雰囲気もテーマもちょっとエッチなのも、椎名先生が大事にしたいであろうこと全てが心地いいです。
――― 先生がマンガを描きはじめたきっかけはどんなことだったのでしょうか。
最初に描き始めたのは小学生の頃だったかと思います。ドラえもんの漫画の展開をそのままパクってキャラは自分で考えて描いていたような気がします。本当に漫画家を目指そうと思ったのは高校生からです。
――― 「本当に漫画家を目指す」ということが痺れるワードでした(書店員としては感謝するばかりです)。そう思ったきっかけや、そのとき目標にされたことなど、少し詳しくお尋ねしてもよいでしょうか。
漫画は描きたいけど、漫画家になる!とは本気で思ってなくて、高校の進路を決める時美術の先生になろうと思ってました。でも友達に「何で漫画描けるのに漫画家目指さないの?」と言われて、よく考えたらこんなに学校の勉強が嫌いなのに先生になる方が現実的じゃないと思って漫画家を目指すことにしました。その時18くらいだったのに普通に20歳でデビューしたいとか考えてて、結局ちゃんと仕事出来たのはその10年後くらいでしたね。
――― 中学生・高校生の頃の「なんか忘れられない」ような思い出はありますか?
中学の時、同じ部活でとある一個上の先輩(男子)が居ました。周りの人に「あの人あられちゃんの事好きなんだって」と噂されていたのが嫌だったので、その先輩に対して冷たい態度を取っていました。ある日部活が遅くなって親の迎えを待っていたときに、自転車で帰れるはずの先輩がそうせずに近くにいるので「何なのこの人…」と思ったんです。でも私の親が迎えに来たらその先輩が帰っていって、それを見た母親が「暗い中あなたを一人にしたら危ないと思って居てくれたんじゃない?」と言われ、冷たい態度を取ってしまったことを後悔したことが忘れられないですね(実際、好かれていたかは分りませんが…)。
――― 「ananマンガ大賞」での準大賞受賞、マンガの棚を超えた幅広い読者の方から作品が好まれる証左だったと思います。『自転車屋さんの高橋くん』について先生は読者の方からどのような反響を受け取られているでしょうか。
私は作中のキャラクターを大体「よくいるその辺の人」で描いてるのですが、読者さんからはキャラクターに自分を重ねて考えてくださったご感想が多くいただいています。中でも一番印象が強かったのは山本さんという自分の価値観を無意識に人に押し付けてしまうキャラクターに対して「自分も同じような恥ずかしい事をしてると気づいた」と教えてくださったことが自分の中でとても大きい収穫でした。
――― 3巻ではさらに距離が近づいたふたり、この先の展開もとても楽しみですが先生がこの先「描きたい!」と思っているシチュエーションはありますか?
割と漠然としてますが、いつか高橋くんとパン子が旅行に行く回などは描いてみたいですね。
――― 最後になりますが、これから作品に触れる読者の方に一言お願いたします。
高橋くんとパン子は本当に最初は何となくで描き始めました。でも二人を描くにあたって身近な人を参考にしていくようになり、次第に「人と生きるとは何なのか」「自分を大事にするとは何なのか」ということを考えるようになりました。皆さんその人なりに生き辛さを抱えて生きていると思います。『自転車屋さんの高橋くん』を読んでも生きていくためのヒントはないと思いますが辛い時そっと隣にいる友達のような存在になれたら幸いです。
松虫あられ先生、ありがとうございました!
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