「馴染みのない価値観をガンガンぶつけたい」まんきき37号『東独にいた』宮下暁先生インタビュー

第二次世界大戦で敗れたドイツは、ベルリンの壁が象徴するように2つの国に分かれた。その1つ、東ベルリンに住むアナベル。秘密と恋心を抱える彼女は闘争に巻き込まれていく──。壁に隔てられた不自由で、不条理な世界。そこには真実の恋がある。

本当にそこで生きているように感じられるキャラクターがいる。
ここでしか読めない表現がある。
考え抜いて、試行錯誤してマンガを描いてくれている作者がいる。
新鋭が送るこの意欲作にもっと注目して欲しい!
今回は読者の皆さんにもSNSを通じて質問をお寄せいただきました。
御礼申し上げます。

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――― 初単行本となった『東独にいた』、1巻・2巻と刊行されてご感想はいかがでしょうか。
単行本を発売するまでは本作品への評価がよくわかっていませんでしたが、発売されてからは多くの反響をいただき「自分が面白いと思って描いたものは読者も面白いと思ってくれる!」という自信となりました。なので今はより多くの方に『東独にいた』を知ってもらいたいと思っています。
――― 読者の方からの反応というのも新鮮だと思いますが、意外だったことはありますか?
読者が応援してくれるという点です。これまで多くの方に支えられ生きてきましたが、まだ顔も知らない、出会ったこともない人達からの応援をこんなにも受けたのは初めてで、とても嬉しくもあり驚いてもいます。
――― 今作の重要な舞台設定として「1985年の東ドイツ」という場所、そして時代にたどり着いた理由はどういったところだったのでしょうか。
2人の主人公のそれぞれの視点からの戦争を描きたかったんです、そこで「真逆の信条」がある舞台を着想として辿り着いたのが東西冷戦でした。そして冷戦の象徴とされるベルリンの壁を鍵に舞台として選んだのが東ドイツです。時代と国の転換期に人々はどう生きたのか、それを描きたかったんです。
――― 読者Q.どうして先生は東独や旧共産圏へ興味を持ったのか?理由があるのならば是非とも知りたいです。
日本人にあまり馴染みがない思想体系と歴史があるからです。私はなるべくこの物語で読者の方に馴染みのない価値観をガンガンぶつけたいと考えています。自分がこれまでそういった物語に影響を受けてきたという点もありますが、何より『東独にいた』が読者の方々の心の中にいつまでもひっかかっていて欲しいからです。
――― 先生にとって冷戦はどんなイメージのものでしたか?また実際に作品に取り組んでみてその印象はいかがでしょうか。
核抑止、軍拡競争、代理戦争、いわるゆ教科書に載っている程度のイメージしかありませんでした。しかし『東独にいた』を描くうえで多くの事を調べるうちに記録には残らない多くの人々の水面下での戦いと悲しみがあったのだと知りました。そこに想像を膨らませながら本作を描いています。
――― 祖国をめぐって政府側(MSG)と反政府組織(フライハイト)に立場を別れて戦うアナとユキロウですが、この二人はどのような経緯で確立したキャラだったのでしょうか。
初めは2人とも男にしようと考えていましたが、男女にしたほうが展開が多いと思いアナとユキロウにしました。ユキロウを日系人にしたのは、日本の歴史も絡められたほうが読者に興味を持ってもらえると考えたからです。
――― MSG、フライハイト共に特徴的な顔立ちをしているキャラクターが数多くいます。彼らの生い立ちや、組織に合流するまでのことは既に設定されているのでしょうか。
はい、ほぼ全員のキャラクターに設定されています。作中でそれを描く機会があれば必ず描きたいと考えています。

――― 顔つきだけで”キャラ紹介はないがそれなりの実力者”というのが分かるのもマンガ表現の面白いところだと思います。彼らのデザインで悩んだ点などはありますか?
とにかく「ビジュアル的にカブらない」ということだけは意識しています。そしてこれは持論ですが、性格・行動・思考が際立ってさえいれば外見の特徴はそこまで重要ではないとも考えています。初見ではビジュアルがとても重要ですが、物語を長く見ていれば外見は悪い意味で見慣れていくので、やはり内面にこだわりたいと思っています。
――― 読者Q.MSGの隊員達は対テロ活動中は基本的に制服のみですが、野戦服(レインドロップ迷彩服)等を使用した場面は訓練場面以外では登場する予定はありますか?
はい、あります。突発的な戦闘の場合はその時に着ている私服や制服のまま戦いますが、事前に戦闘準備ができている時やMSG側から戦いをしかける場合は野戦服(戦闘服)を着用します。
――― 読者Q.『サイボーグ009』のメンバーとMSGのメンバーはどちらが強いのでしょうか?作品見ていると互角以上の様な。
考えたことないですが、たぶん009メンバーじゃないですかね(笑)。あちらのほうがより超人的な能力がありますので。ただその能力差をMSGには智略で埋めて欲しいです。
――― キャラクターや感情によってかなり眼を描き分けていますが、この点にこだわりがあるならお聞きしたいです。(個人的にイシドロとノアゾンの眼が好き!)
「目は口ほどに物を言う」といいますし、人が人を見る時は必ず目を最重要視します。なので絵の中で1番力を入れて描いています。キャラクターが全員サングラスをかけていたら物語の面白さは何割減になるのか、考察に値するテーマだと思っています。

――― 登場人物たちの会話が本当にありそうな内容になっていて、今作の非常に魅力的な要素だなと感じています。こういった会話劇を描く際にどんなポイントに気を配っているのでしょうか。
アニメになくて漫画にあるものの1つに活字表現があると考えています。ここに力を注ぎたかったので登場人物のセリフは全て台本から作り始めています。絵を描く時は絵に集中し、セリフを考える時はセリフだけに集中する。漫画は絵とセリフがセットなのでこの様な作り方は敬遠されるかもしれませんが、色んなスタイルの漫画があって良いのかなと思っています。
――― 読者Q.毎回のストーリーを考える秘訣は何ですか?
まずは描きたいシーンから考えます。そこから前後のストーリーを肉付けしていき、物語全体の流れに沿うように調整します。ただ、「よし、話を考えよう!」と思ってストーリーを作り始めるのでは遅いと思っているので、普段の日常の中でもうストーリーはある程度作り上げています。
――― 読者Q.男女問わず、カッコよくも可愛らしいキャラクターが多いですが先生のお気に入りは誰ですか?(見た目でも性格でも)
見た目も性格も好きなのは、主要キャラではありませんが情報部の新人ビアンカですね。結構ダントツです(笑)作中では数少ない未熟なキャラなので愛着があります。
――― 読者Q.何かフェチはありますか?(漫画に関するでなくても結構です)
うーん、、強いて言えば巨乳かなぁ。。(笑)
――― 超人的身体能力をもつ「神軀兵器」という設定の登場人物たちが多彩なアクションを見せてくれるのも作品の魅力です。こういったシーンを描く時に心掛けている事はありますか。
あまりバトルシーンが多いと違う種類の漫画になってしまうので、単行本単位でバトルの分量は決めています。そして、バトルシーン以外はなるべく細かなリアリティを追求したストーリー作りを心がけて、ただの突拍子のない話にならないよう意識しています。
――― 陰影のカッチリとした画面構成に反して可愛らしい擬音や台詞枠外の書き文字、怒りマークなどが見受けられますがこれらは作品に柔らかさも必要と考えてのバランスなのでしょうか。
そこまでバランスを意識しているわけではありませんが、私自身お笑いが好きなので作風に反映されているのかもしれません。でも考えてみれば確かに、ずっとお堅い話をしている作品は目指していない気がします。
――― 連載を経て作画のことで変化したこと、意識されるようになったことはありますか?また連載時から単行本になるにあたって、原稿に修正を加えたりはされましたか?
連載当初は線の太さが一定でしたが、今は強弱をつけて描いています。一定の太さで描かれる絵というのはそれはそれで魅力的な絵になりますが、私の場合そこを魅力的に描くことが出来なかったので、最近は強弱をつけてメリハリを出すように心がけています。原稿にはしょっちゅう修正を入れていますね。。まだまだ未熟な証拠ですが、絵というのは出来上がった時は満足していても時間が経って冷静に見ると全然納得できない絵になっているので修正だらけです。
――― 読者Q.カラーの際、大分画風が変わって見えますがカラーを塗られているのは先生ご自身でしょうか?
背景などはスタッフさんに任せていますが人物は全て自分でやっています。個人的には油絵のようなタッチの古い感じ好きなのですが、それだとウケが悪いだろうなぁと思い、比較的最近主流のカラータッチを取り入れています。
――― 先生の気に入ってるページやコマ、また作画に苦労したページやコマはありますか?(読者Q.『東独にいた』の中で、先生の特に好きな(お気に入りの)シーンはありますか?)
気に入っているページは2巻の第10話のイシドロ登場から戦闘の終わりまでの計7ページです。短いシーンですがやりたいことを凝縮できたと思っています。苦労したのは1巻の第1話です。フルアナログで背景も自分で描いていたので苦労しました。その他には、第6話のビデオでアナを分析するシーンですね。神軀兵器という多分に漫画的な設定を、細かなリアリティで追求していくことがこの物語には必要な要素だと思っています。それがないとただの荒唐無稽なお話になってしまうので。演出的にも漫画にはあまりないアプローチができたと思っていて気に入っています。
――― これまでに影響を受けたマンガ作品、またマンガ以外のジャンルの作品を教えてください。
ハタチを超えてからは明らかに読む漫画の種類が変わりました。テーマ性を持った物語、つまり自分の日常の考え方にも影響をもたらすような漫画を好むようになりました。特に影響を受けたのは鬼頭莫宏先生の作品で、その中に描かれる死生観は、知らない価値観をガンガンぶつけられるような爽快感がありました。あとは映画ですと押井守作品、小説だと森岡浩之作品といった、SFでありながらとことん細かく構築された世界設定などにもすごく魅力を感じ影響されました。
――― 読者Q.最近はまっている映画、漫画、アニメを教えて下さい。
最近見て感動した映画は、少し古くてかなり有名ですが『フォレストガンプ』です。主人公を見て、「ああ、自分もこんな人間になりたいなぁ」と思いました。漫画やアニメはもう数年見ていないです。
――― インターネット上で評判となった作中での「ターミネーター」という単語を巡るやり取りなど、当時の情報レベルを描写するために細やかな資料収集をされていると感じています。苦労が多いのではないでしょうか。
2巻からは監修として伸井太一さんにも見ていただけるようになりましたが、基本的にはまず自分で時代考証をしないといけない、そのうえ舞台が私が産まれる前でしかも海外といった点から苦労することも多いです。しかしそれだけに同ジャンルでの他作品が少ないので読者には新鮮な感覚で読んでもらえるのではないかと思っています。
――― 読者Q.東ドイツの世界観を作り上げるにあたってどのような書籍や映像作品などを参考に漫画を描いているのですか?
東ドイツを実際に生きた人が書いた書物を参考にしています。店に売っているビンが磨耗して白くなっているなど、お固い文献だけからでは伝わってこないリアリティが欲しいからです。映像に関してはなるべくなら東ドイツを舞台にしたドキュメンタリーや映画、それが無理なら当時の共産圏を描写している映像作品ですね。
――― マンガ以外のお仕事を経て現在マンガ家になられたと伺いました。マンガ家を目指すきっかけのようなものはどのようなものだったのでしょうか。
もともと、いつかは漫画家になるために挑戦しようという考えはありましたが、それは他の仕事についてからでも遅くはないと考えていました。日本は挑戦に失敗しても死ぬことはない恵まれた国だなぁと当時も今も思っていたので。(まぁそれは私が独りもんだから思えるのかもしれませんが。。)
――― 読者Q.漫画家さんになろうと思ったきっかけはありますか?
子供の頃は絵を描くことと漫画を読むのことが大好きだったので、これが職業にできたら幸せだろうなぁと思い始めました。おそらくかなり多くの漫画家がそうなんじゃないかと思います。
――― 読者Q.漫画を描きたいと思い始めたのはいつ頃でしょうか?
子供の頃にラクガキのような漫画は描いていましたが、本格的にペン先を使って描き始めたのは会社を辞めてからなので25、6歳の時です。なんでもいいから一生のうちに1つだけでも作品を世の中に残したいと思い描き始めました。
――― 読者Q.絵の練習はいつ頃から始められましたか?
ラクガキは子供の頃からしていましたが、本格的に模写などを始めたのは連載直前です。だから今苦労しているわけですが(笑)
――― 読者Q.作画環境は完全デジタルと伺いましたが、アナログからの移行はスムーズに行えましたか?
最初はアナログ特有の”味”やイレギュラー性のない、デジタルの機械的な線が嫌でした。しかしそれも慣れの問題で、何となくそこをデジタルでも再現出来るようになってきたので今はもうほとんど違和感はありません。
――― 2020年5月現在、世情もかなり変化しました。生活が変わったようなところや作品づくりで思うようなところはあったでしょうか。
連載前は2年間無職だったので、今になって生活が困窮したという意識はないですが、それでも世界に元気がなくなっていることは当然わかっています。これはおためごかしでもなんでもなく、こんな時こそ自分の作品で1人でも多くの人を楽しませたいなと本心で思っています。それぐらいしか、日々応援して下さる人々に報いる手段がないからです。自分の生み出したもので少しでも楽しんでいただけるよう、日々何かを発信していきたいと思っています。
――― 最後に、現在まで『東独にいた』を楽しんでいる読者の方、そしてこれから『東独にいた』にふれる読者の方それぞれに一言お願いいたします。
まずは拙著『東独にいた』を愛読して下さり誠にありがとうございます。1つ確実に言えるのは、皆さんのおかげで日々頑張ることができているということです。今1番ハマってる漫画と言っていただける機会が少なくありません。そんな方々に報いるためにも、面白い漫画にするという気持ちを一時も忘れずにこの作品に取り組むということを約束します。これからも応援よろしくお願いいたします。まだご覧になっていない読者の方々にも、面白い作品だと作者自身胸を張って言えますので、この機会に是非「こんだけ必死に漫画描いてる奴がいるんだ!」と知っていただけたら嬉しいです。
宮下暁先生、ありがとうございました!
先生のイラスト表紙が目印のまんきき37号の頒布店はこちらで案内しています

「未だ広い世界をのんびりお楽しみください」 まんきき36号『紛争でしたら八田まで』田素弘先生インタビュー

海外のことがちょっと楽しくなる新連載! 民族、言語、思想。違えばやっぱり、事件は起きる。住む場所変われば、起きる事件も、もちろん変化! それを眼鏡美人・八田百合、チセイ(と荒技)で東南アジアの民族問題、アフリカで起きる恐ろしい事件、ヨーロッパで起きる企業問題を解決!? 荒み疲れ果てた世界を、彼女が救う…!!

第三次世界大戦一歩手前になったイラン情勢、拡がるコロナウィルス
2020年、世界は一体どうなっちゃうの?
そんな時代に僕たちが頼るべきものは・・・チセイ!
知性ひとつで世界を股にかける”八田百合”、こんなにカッコいいキャラがどのようにして生まれたのだろう。田素弘先生に八田の魅力、そして作品づくりのことをインタビュー!

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――― 早速ですが、書店員全員が惚れ込んだ主人公・八田の魅力についてお伺いしたいです!世界の紛争地帯を股にかけ、知性で渡り合う。そんな超カッコいい、でも時にコミカルな八田女史ですが、どんなきっかけで生まれた主人公なんでしょうか。
最初に、担当編集より「世界を舞台にした話が欲しい」と要望がありました。そこで「地政学に通じたリスクコンサルタントが、世界各地で紛争解決する」という設定を作りました。ミャンマー編のストーリーも早々にできていたんですが、主人公の人物像がずっと未確定でした。人物像は連載決定後も変化を続け、半年以上の試行錯誤を経て現在の八田百合になりました。
――― 先生の中で彼女がバシッとハマったと感じたのはどんなときだったのでしょうか。八田が女性として出てきたこともすごく楽しい驚きでした。
高い知性を持つ人物という設定上、制作初期の八田は超然としたとっつきにくい人物でした。様々な一話冒頭を試しましたが、うまくいかず、子供と会話するシーンを描いた時初めて、八田が饒舌になり始めました。八田には大量の知識が詰め込まれていますが、精神年齢は子供と近いようです。アンバランスな部分を見つけて以降、八田がイキイキし始めました。八田の性格決定までは紆余曲折ありましたが、容姿は最初からほぼ変化がありません。「どんな場所でも浮く人物」というコンセプトが常にあり、危険地帯が舞台になるこの話では、清楚な女性である事は必然でした。
――― 毎話気になる服装や、ここぞで飛び出すプロレス技などすごく個性的な八田ですが、先生からはどんなキャラクターに見えていますか。
八田百合は、彼女なりの常識に従い合理的に行動しています。ただ、その常識は世界各地の価値観が複雑に混ざった物で、はたから見ると個性的に写るかもしれません。
――― 世界各地の紛争という、一筋縄ではいかないテーマを扱っている作品です。世界情勢への興味や調査はどのようにされているのでしょうか。
専門的に勉強した事はありませんが、昔から政治や宗教の本が好きでした。調査方法はごく一般的です。調査場所と期間を決め、書籍・インターネットで情報を集め、情報整理しながら要点を掴み、物語を構築する、そんな感じです。
――― 担当編集さんとの打ち合わせではどんなことをお話されていますか?
漫画の性質上、私が情報整理に忙殺されて、人物描写が淡々となる事が多々あります。その為、担当編集から、キャラクター描写や演出の強弱を中心に提案をもらいます。特に八田百合の挙動に気を使ってもらっています。
――― 八田が行くミャンマーやタンザニアでの日常シーン、特に現地の見慣れぬ食事の描写にこだわりを感じています。(取材で実食なども・・・?)
ユリはジャンクフードやゲテモノ料理をよく食べます。健全と言えなさそうなそれらの料理に“活力”を感じています。読んだ方が、恐る恐る注文するような事があればいいな、と考えながら描いています。東京在住なので、実食は割とできます。
――― 先生を構成しているもの(趣味や好きなもの) を3つ挙げるとしたらなんですか?
読書 映画 音楽
――― 作中によく聞いている音楽はありますか?
幅広く聴くので回答が難しいですが、最近でいえばDirty Beaches, Warpaint, The midnightをよく聴いています。昔からでいえばMorrissey, Pj harvey, Thom yorkeなど。
――― 作中のみならず音楽のご趣味からも英国を感じます。特に愛着がある、というところなのでしょうか。
20代の頃、何の考えも無くイギリスに行って、何するでもなく半年程滞在しました。暗い空気感が性に合いました。
――― プロフィールを拝見すると「アパレル、広告、webデザイン・ディレクション業を経て30代後半で脱サラ。初連載『紛争でしたら八田まで』を43歳で開始。」と、色々な経験をされてからのデビューに大変驚きました。マンガを志すきっかけはどのようなものだったのでしょうか。
職種は色々ありますが、すべてデザインに関わる仕事でした。制作が好きだったのですが、年齢が上がり管理職になり、そこから先のキャリアに全く興味が持てませんでした。制作を続けられて、デザインや絵の能力が生かせて、商売になっていそうな業種を考えた時、漫画という回答に至りました。
――― マンガにおいて「デザイン」面で活かせた視点や経験にはどういったものがありますか?
構図やレイアウトなど、「絵作り」で苦しむ事がありません。修正が入っても、より良い方向で提案ができます。制作過程で最も楽しめる時間です。
――― 読者として今作の絵も楽しんでいたので、ご回答になるほどと思いました。1巻に収録された話の中で先生が手応えを感じた箇所があれば教えてください。
「あんたのベットに入ってあげる」の箇所です。一話目は何度も修正を繰り返しましたが、無傷で残った数少ないシーンです。八田らしさが良く出たと感じています。
――― デビュー読み切り作『定時退社でライフルシュート』の掲載から今作の連載まで4年弱の時間がありましたが、この間はどんな準備をされていたのでしょうか。
バイトしながら様々なネームを作っていましたが、全くうまくいきませんでした。困り果てた前編集者が現編集者をサポートに加え、『紛争でしたら~』が生まれました。『紛争でしたら~』は初稿から掲載まで一年程かかっています。
――― 週刊連載という密度の高い〆切は大変ではないでしょうか。いま現在はどんなスケジュールで取り組まれているのでしょうか
基本、極限状態です。スケジュールの基本方針は、「1章分(ミャンマー編など) のネームを作る→1章分の原稿制作をする→休載を入れて次の章のネームを作る」という方針です。ただし、連載間もない現在のスケジュールは流動的です。
――― Q,先生がこれまでにハマってきたマンガ作品を教えて下さい!(同い年ぐらいの人間としては『勇午』を思い出しながら楽しんでいます!(子供の頃、青年期、大人になってからとお伺いできると嬉しいです)
――― 海外コミック全般にハマった、ということでしたがどういった経路を辿られたのでしょうか (私どももほとんど国内のコミックばかり扱っており学びたいと思うところです)
情報に詳しい訳では無く、日本と異質な絵に惹かれて、手当たり次第に買います。好みのイラストレーターを探す感覚です。マイク・ミニョーラ(『ヘルボーイ』) の絵を見て衝撃を受けた事がきっかけでした。
――― 先生が作品作りに影響を受けたと感じるマンガはありますか?
上記したマイク・ミニョーラの『ヘルボーイ』は私の源泉です。どういう訳か社会派物語を作っていますが、私の興味の大半は絵作りにあります。
――― いま読者として熱を上げている連載作品(マンガ)があったら教えてください。
最新情報に疎くてすいませんが、『グラップラー刃牙』『浦安鉄筋家族』はずっと楽しく読み続けています。
――― はじめて絵を描いたときのことを覚えておられますか?
幼稚園児の頃、違和感を覚えながら亀の絵を書きました。クラス全員の絵が張り出されて、違和感の正体に気づきました。私の亀は手足が異常に長く、何で描きながら気づかなかったのか、その後数年悩みました。
――― 先生は交渉における「武力」の存在をどのように捉えていますか?
「外交において」としますが、交渉の場に立つために必要なものと考えています。
――― 「紛争」とはスケールが異なるかもしれませんが、冷戦についてはどのような私見あるいは当時の感想をお持ちでしょうか。
欲望(民主主義) と理想(社会主義) が戦って、理想が自滅した。という感じでしょうか。因みに、私が世界情勢に興味を持ったきっかけは小室直樹先生の著書『ソビエト帝国の崩壊』を読んだ事がきっかけでした。
――― 昨今の関税戦争、そして今回のCOVID-19と、各国が意図の有無を超えてどんどん閉鎖的になっていく印象を持っています。先生が、今後こんなことが起きそうだな、とぼんやりと感じていることはありますか?
「グローバル=正義」の認識に変化がでたのは僥倖と考えています。自由競争が行き過ぎた結果、格差が開き過ぎました。今は閉鎖的になって自国の利益を考えるのも自然だと思います。今後起きる事は、過去の繰り返しと考えています。基本は「愛国風潮が高まる→軋轢が激しくなる→戦争」。ただし、現代は核があり戦争不可能ですので、紛争の増加とサイバー戦争の激化を予想しています。
――― これからの作品をさらに楽しむにあたって、今のうちにニュースに注目しておくとよい地域があったら教えてください。
まずはアメリカ大統領選でしょうか。その結果で、向こう十数年の世界の未来が決まると考えています。
――― 最後になりますが、はじめて『紛争でしたら八田まで』に触れる読者の方に一言お願いできればと思います。
八田百合と共に、未だ広い世界をのんびりお楽しみください。
田素弘先生、ありがとうございました!
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まんきき35号『ワンダンス』珈琲先生インタビュー

自分の気持ちを抑えて、周りに合わせて生活している小谷花木(こたに かぼく)。そんな彼が惹かれたのは、人目を気にせずダンスに没頭する湾田光莉(わんだ ひかり)。彼女と一緒に踊るために、未経験のダンスに挑む! 部活、勉強、就職、友達、恋愛。必要なことって何?無駄なことやってどうなるの?いやいや、君の青春は、自由に踊って全然いいんだ。2人が挑むフリースタイルなダンスと恋!

ダンスってなんだ?
なんかカッコよさそうだけど、これまで全く縁がなかった。
でもこのマンガのダンスシーンがすごくカッコいいことは分かる。
なんでだろう。
先生自身が10代の頃やり込み、しかし挫折してしまったダンス。
当時悩んだこと、あの時手に入らなかったもの、今なら分かること。
自らの人生をギュウギュウに詰め込まれた”具体的な”物語だから熱量が伝わってくる。

今回のまんききは「アフタヌーン」で『ワンダンス』を連載中の珈琲先生にインタビュー。いま一番「動いてる」マンガを楽しもう。

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――― 2巻の発売を楽しみにしていました。物語は高校生である主人公・カボくんが同級生の女子・ワンダさんの踊る姿に感化され、ダンス部に入部するところから始まります。今作でダンスを題材にしようと思った理由はどんなところにあるのでしょうか。
10代のときにダンスをやっていて、それから挫折して10年ほど離れてみて「あの時行き詰ったのはこういうことかもしれないな」と気付いたことを昇華するためにダンスを題材にしました。ちょっと難しい題材とか誰もやってないジャンルとかが好きな癖があるので、そこに寄っていった感じもあります。
――― 先生がダンスを始めたきっかけはなんだったのでしょうか?
昔から人と一緒のことをやるのがイヤで、周りがハマってるものには一切手を出さなかったんです。田舎の学校だとダンスをやってる人が一人もいないことに気付いて。最初ブレイキンから入ろうと始めたのですが、ウィンドミルという床で回転する技を練習してるとき廊下の硬い床に腰を強打して痛すぎてすぐに辞めました。そこからはロッキンやポッピンなど立ち踊りのジャンルにいきました。
――― プロデビュー以前から今作の構想はあったのでしょうか。
『ワンダンス』自体は全く頭に無かったんですが、登場するキャラクターについては『のぼる小寺さん』からスライドしてる部分が結構あります。主人公・カボくんが吃音症であるということも描くつもりはなかった設定です。しかし吃音症のことも、他になかなか経験してる人がいないので(※) 漫画の題材としてアリかなと思い使うことにしました。
自分自身がダンスをやってたときは「ストリートダンスの漫画があったらいいのに、何でないんだろうか」と思っていましたが、実際取り組んでみるとどこで面白さを感じさせるか難しく感じています。
※先生ご自身が吃音症でもあります。詳細はこちらのインタビュー記事でも。
https://friday.kodansha.co.jp/article/60371
――― 今作でまさに難しいなと感じているのはどういったところですか?
ダンス自体のカッコよさを感じさせるのなら、当然マンガで読むより実際にダンスを見に行ったほうが早いので、漫画で描く以上はダンス以外の何かしらの要素が要るんですよね。ダンスの見方とか、おもしろポイントとか、雑学を執拗に描いても、そこに読者の興味がなければそこは流されてしまう場所になってしまうのかなと思います。その知識が読者にとってなにか生活の役に立つとか、軽い話のネタになるとか、なにか自分と関連付いてないと面白さにはならないんだなという、考えてみれば当たり前のことに最近まで気付いてませんでした。なので今後はダンス以外のなにか恋愛なりバトルなりの軸を作中で確立して行かないとなと思っています。
――― 「マンガなのに音が聞こえるかのよう」というところがこの作品のすごいところだと感じています。この点なくして「ダンスを描く」というのは難しいと思うのですが、ダンスや音の表現について工夫したのはどんなところなのでしょうか。
各々の読者の方に想像してもらわないと成り立たないところなので、スピーカーの絵やドラムの絵などを挟んで「ぜひ想像してください」とお願いするような仕掛けを入れています。最近は「ドラムスティックを振り上げるコマ」→「ダンサーが跳ねる動きのコマ」の流れで動きと同時にドラム音が想像できるんじゃないかと思って取り入れています。
――― 12月号のダンスシーンは怒涛の一言でした(3巻収録予定10話)。ダンス中のポージングについて、私も表現が難しいのですが「リアルなポーズ」であることと同時に「マンガとしての振り切り」も必要なところのバランスはどのように考えて描かれたのでしょうか。
当初は、リアルな可動域とかリーチの長さとかが大事だと思い込んでたのですが、実写と同じように描いても漫画だと硬い印象になるんですよね。何でだろうかと考えてみたところ、おそらく顔をはじめ人間のパーツはデフォルメして描いているのに、動きをデフォルメしないのが不自然だからなんじゃないかなと。
それに加えて描写面では、たとえば「胸を思いっきり膨らませる」もしくは「胸をおもいっきりへこませる」を最近のダンスシーン描写で意識しています。実際のダンスの上手さの一つとして「首、胸、腰などの体幹部分が自由自在に動く」ということがあります。体幹でリズムを取れる人がダンスが上手いということなのですが、この部分をきちんと描写してみることがケレン味なように見えて、意外と実はリアリティに繋がっているのかもと感じています。最初はこういった動作をあまり描けていなかったので後悔もあるのですが、主人公たちも初心者からのスタートだったので「初心者っぽさ」の表現としてかえって良かったのかもと思っています。
――― この話ではコンクールというイベントの熱気が上り詰めていて、カボくんとワンダさんがひとつ到達したという印象を受けています。この先にはどんな展開を考えておられるのでしょうか。
僕はダンスバトルという文化が好きなので、そちらに行きたいと思っています。漫画としてもわかりやすいし。連載開始時からいきなりダンスバトルをやってしまうと、まずダンスって何なの?ってとこで読者がついてこれない気がしたので、下地を積み重ねてようやく準備が整ったと思っています。(後は連載が終わらないことを祈るばかり)
――― 先生の描く女の子が可愛くて好きです。今作はたくさんの女性キャラクターが用意されているなか(1巻P118,119)、特に中心として登場するワンダさんの造形でこだわったところはどんな点なのでしょうか。
造形に特別感を出すため、別のキャラクターと同じ画面にいるときはなるべくワンダさんが一番頭が小さくなるように気をつけています。
――― この見開きページに登場した部員の面々ですが、全員の設定が決まっているのでしょうか?
現時点では何人かしか決まっていません。出てきたときの表情や立ち位置から性格などを想像して、出番があるときはその通りにしてみたり、あえて逆にしてみたりしながら登場させています。実際に部活に入った時と同じように、ちょっとずつ名前や性格を知っていくことで思っていたのと違う子だなあと驚いたりとか、良いように解釈してもらえれば。

部員勢揃い

――― これだけの人数の顔やお名前を全力で作っておられてすごいと感じました。どのようにお考えになったのでしょうか。
あの見開きは担当編集のアイデアで、「狂気じみたことをやろう」と。デザインはファッションのサイトやインスタなどを見まくって髪型や服装などをストックしました。名前は、下の名前はちょっと変だけど可愛いみたいな名前をひねり出して、名字は普通の苗字や関西の地名などを語感で使っています。名前を決める作業は地味に好きです。
――― カボくんとワンダさんが所属している人数のダンス部というのは、2019年現在では大規模な方に入るのでしょうか(我々の学生時代はダンス部は珍しいものだったなと思い出しています)
自分のときもダンス部はほとんどなかったと思います。現在だと40人くらいは比較的少人数の部類に入ると思います。大所帯のところだと100人越えも平気であります。ダンス部目当てで高校を選ぶ子も普通にいるみたいです。
――― 今作ではカボくんからワンダさんへの恋心(?)が早い段階で描かれていて、ワンダさんを目で追ってしまう感じに乗り移ってしまいこちらもドキドキしています。作者である先生はカボくんに対してどんなイメージをお持ちですか?
高校1年生としてはめちゃくちゃ出来た人間だなと思います。僕には出来ないような、つまりこうすれば対人関係は上手くいってたんだろうなというような行動をしてると思います。ただ、大人ぶってるところがあるので、この先もっとストレートな欲求や人間味が出てくるかもなという気はしています。
――― カボくんについてのイメージを聞くことができ嬉しいです!序盤のご回答で「キャラクターのスライド」という言葉もありましたが、ヒロインのワンダさんに前作の小寺さんと共通するところを感じています(自分のやりたいこと、進路について真っ直ぐなところとか)。一読者として非常に好きなヒロイン二人なのですが、このヒロイン像も先生にとってすごく意味のある存在なのでしょうか。
ある種自分の中で究極のヒロイン像といいますか、絶対好きになると思います。よくいろんな所で言っているんですが「もし学生時代にこういう子がいたら人生変わったかもしれない子」という発想のもと、『のぼる小寺さん』のときは一問一答のように、このシチュエーションだったらどうリアクションするか?を毎回考えて肉付けしていって『ワンダンス』は実際にそのヒロインがどうのぼっていくかという話になっています。
――― ワンダさん以外に気に入っている女性キャラクターはありますか?
恩ちゃんは行動が描きやすいし、地味に読者人気もあるので良いキャラクターだなと思います。あと恩ちゃんと同じクラスの常盤らめという子が、今のところほぼセリフも無いのですがビジュアルがなんか好きでモブにいる率が高いです。
――― これまでダンスには全く触れてこなかったのですが、『ワンダンス』を読んでダンスの動画を見たり、ちょっと真似したりしてみることに気が向くようになりました。ダンスの入門という点でオススメの資料などあればぜひ教えてください。
ダンス講座ということでしたら、YouTubeにプロダンサーが無料で教えてる動画がたくさんあります。ちょっとガチ寄りだと、有名なのはRising Dance School。様々なジャンルをかなり初歩から教えてくれるのでわかりやすいかも。あと海外のRed Bull Dance Connectというチャンネルが、教えてるダンサー陣がガチすぎるわりに何故かあんまり知られてなくて不思議です。
――― 部長(恩ちゃん)のダンス指導もすごくわかりやすいですよね。こういった理論的な部分は先生ご自身の体験から来たものなのでしょうか。
僕自身が、ダンスをやっててつまずいてた部分を、時間が経ってから「こういうことだったのか」と気付いたことを説明しています。過去の自分に向けていたりもしますね。特に早取り問題はダンサーとしてかなり多くの人が悩む問題なので説明に力を入れました。
――― マンガを描く上で影響を受けた作品はありますか(マンガに限らず小説や作品論等も含めて)
1話は海外ドラマの『GLEE』をかなり観ました。絵を描く上でずっと影響をうけてるのは中村明日美子先生の漫画です。
――― 絵柄においては中村明日美子先生と聞いて非常に納得するところがありました。実際に絵、そしてマンガを描かれる方から見たその魅力や、なかなか真似できないと感じるところはどういったところだと思われますか?
細くて少ない線なので、センスがモロに出てしまうところ。手数の少なさは実力ですよね。僕は描きこみと物量、例えばダンスシーンなら服のシワや逆光、謎のチリなどで押し切っています。
――― 先生がマンガを描きはじめたのはいつ頃だったのでしょうか
「おそらく僕がダンスで食ってくのは無理だな」と感じた19歳ごろです。
――― その頃、反対に「ダンスで食っていける」としたらどういったキャリアが考えられたのでしょうか。挫折というワードをご回答でいただきましたが、もし可能でしたらどんなギャップを感じておられたのかお伺いしたいです。
大阪は日本でもトップクラスに強いダンサーが集まってる街なのですが、地元でそこそこ踊れてるレベルでは、田舎から大阪に出てきたときに全く通用しなかったこと、また大阪で自分のいたコミュニティの中で一番上手かった子ですらダンスじゃない道に進んでることなどもあり、ギャップを感じました。もしダンスの方に行ってたら、ダンスインストラクターをやりつつバックダンサーをやったり定期的に自分のショーなどをやる、典型的なダンサーになってたかもしれません。当時はそういうケースしか知らなかったので。今はYouTubeやTikTokで個人的に発信して、ダンサー以外の方に刺さって売れる、みたいなパターンもよく見ますし、ダンサーの稼ぎ方に決まりは無いと感じることがあり、当時は視野が狭かったなと思います。
――― ダンスとマンガの両方に取り組んでいた時期があったのかなと思いますが、特にマンガについて上達していく感触みたいなものはどんな感じのものだったのでしょうか。
10代のときほぼダンスが無理だと感じたときには、もう漫画を上手くなるしかないと思ってたので、上手くなっていく喜びよりもあとに引けない必死さのほうが強かったです。実際に上達してるかもな、と感じたのはようやくここ1~2年くらいです。
――― 10代の頃、他ならぬマンガに挑戦しようと思えたのは何故だったのでしょうか。すごく読まれていたとか、絵が得意だったとか・・・?
基本的に何も褒められてこなかったのですが絵だけにはそこまで苦手意識が無かった気がします。覚えてるのは・・・、たぶん10歳くらいの時にテレビでちらっと映ったキャラクターを記憶だけでそのまま描き起こしたら「すげえな!」とリアクションがあって。そういう反応をされるのが珍しかったのでやけに覚えています。あとは単純にやっぱり読むのは好きでしたね。『六三四の剣』(村上もとか/小学館/週刊少年サンデー)『拳児』(原作:松田隆智,作画:藤原芳秀/小学館/週刊少年サンデー) 『SLAM DUNK』(井上雄彦/集英社/週刊少年ジャンプ)『るろうに剣心』(和月伸宏/集英社/週刊少年ジャンプ) など。小学生のころはスポーツやアクション系が多くて、高校生あたりから『AQUA』(天野こずえ/スクウェア・エニックス/月刊ステンシル→マッグガーデン/コミックブレイド)『苺ましまろ』(ばらスィー/KADOKAWA/電撃大王) などの癒し、萌え系にシフトしていきました。『AQUA』を読んだ時は「俺は絶対にこういう漫画が描きたい」と思ったのに、そういえば今のところ全然描けていませんね。
――― カラー頁の雰囲気が素敵です。マンガの制作は全てデジタル環境なのでしょうか。
漫画は今までは下描きまで原稿用紙にシャーペンで描いて、スキャナで取り込んでから液晶タブレットでペン入れというやり方でしたが最近は結構下描きからデジタルでやったりもします。家だとあまり集中出来ないのでコワーキングスペースに液晶タブレットを持っていって描いていますが液タブが壊れかけてるので最近iPad Proを導入してみました。カラーに関してはよく「塗り方が変わった」と感想をいただくるのですが、実はカラー作業をする間隔が空いてしまうので、毎回どうやって塗っていたか忘れているのです。
――― 家で先生の集中を妨げているものはなんですか?
猫とベッド。騒がしすぎない程度に人の気配があったほうが集中しやすいですね。今のところiPad Proにぜんぜん慣れないので最近は家での作業が多いです。猫は2歳のミヌエット、オスです。
――― いま読者として熱を上げているマンガはありますか。
単行本が出た瞬間買うのは島本和彦先生の『アオイホノオ』(小学館/ゲッサン)、船戸明里先生の『Under the Rose』(幻冬舎コミックス)です。
――― 書店員が沸き立つチョイスですね。先生はそれぞれどんなところに着目されていますか?
『アオイホノオ』は当時をリアルタイムで体験してた世代の、当時の熱量(もしかしたら当時以上かも)で描かれるオタク文化と、その地続きのところにいま自分がいるのだなと知ることができるのが嬉しいですね。『Under the Rose』は読み返すたびに違う解釈が生まれます。群像劇の面白さ、描写のしかた全てにおいて上手いと思う作品で、おそらく読み返した回数はダントツだと思います。『Under the Rose』にそんなリアクションをいただけて僕も嬉しいです。
――― 誰もやっていないジャンルがお好きとの事でしたが、いま興味が芽生えつつあるジャンルはありますか?
一つはコワーキングスペースもの。普段交わらない職種の人たちが交流したり、自営業の珍しい職種の人たちが多くて面白いなと自分も通うようになって思ったので。もうひとつはストーカー系のホラーもの。ストーカーされる側の怖さなどを描くホラー映画が好きでいつか挑戦したいと思っています。
――― 最後になりますが、これから『ワンダンス』に触れる読者の方に一言お願いいたします。
ダンスという題材に対して拒絶感を持ってしまう方もいると思うのですが、それはそのまま持ってきてもらっても大丈夫です。決して「ダンスを好きだと言わせてやる!」みたいなスタンスの漫画ではないので、気軽に読んでみてください。
珈琲先生、ありがとうございました!
先生のイラスト表紙が目印のまんきき35号の頒布店はこちらで案内しています

まんきき34号『ユグドラシルバー』 からあげたろう先生インタビュー

「麗しき永遠の花の都」。そう謳われたのも遥か昔の夢の跡。今では全てが凍てつく厳冬の国。そのゴミ溜め(レベルゼロ)で、かつて勇名を馳せた老騎士・ガル=ガルゥは、栄華を極めた国の衰退と同様に落ちぶれ残飯を食らう日々。己の”出番”など、もう終わったと思っていた。天より落ちてきた少女と出会うまでは──。

困難に立ち向かうための勇気が湧いてくる。
家族と引き裂かれた悲しさも世界が敵であるかのような理不尽も、
ガルとナルのふたりの正しい歩みを止める理由にはならない。
そんな真っ直ぐさが読者の胸を打つ『ユグドラシルバー』が本日発売。
ファンタジー作品としてこれだけの説得力がある背景にある考え、影響を受けた偉大な作品たち、そして先生自身が作品づくりで大切にしていること。
からあげたろう先生に、コミタン!チームでインタビューをさせていただきました。作品の試し読みはこちら!

――― この度は新作『ユグドラシルバー』の単行本発売、おめでとうございます。作中で描かれる世界の風景や服装から「ファンタジー作品が好きな人が取り組んでいる作品だ」と感じて嬉しくなりました。この作品が生まれたきっかけはどんなことだったのでしょうか。
子どもの頃から海外の小説やゲーム、映画等のファンタジー作品が大好きでした。ただ、本格的なファンタジーはいちから世界を構築していくものなので、好きだけど自分で描くのは大変だぞという思いがありました。編集さんとの新作打ち合わせの際にそういう事を話題にしたら編集さんが「好きなものを描いてください。それでいってみましょう」と言ってくれまして「えっいいの?」と今に至る感じです。こんなチャンス、後にはないかもなと思い頑張って描いています。最初はエルフの女の子の話を考えていたのですが、いつのまにかおじいさんが主人公になってしまいました。
――― 先生ご自身のファンタジー作品との出会い、そしてその後の遍歴はどういったものなんでしょうか? (大人になってすごいと感じた作品や、幼心に怖いと感じた作品が特に気になっています!)
子供の頃は『指輪物語』(J・R・R・トルーキン/評論社)『ナルニア国物語』(C・S・ルイス/岩波書店)『はてしない物語』(ミヒャエル・エンデ/岩波書店) などの海外児童文学やファンタジー小説にハマっていました。本の冒頭に物語世界の地図が書かれていて、読みながら地図を辿ってワクワクしたのを覚えています。映画もその頃は『ウィロー』(ロン・ハワード/1988年公開)『ラビリンス』(ジム・ヘンソン/1986年公開) など子ども向けファンタジー映画がたくさんあったのでよく観ていました。怖かったのは『ソーサリー』(スティーブ・ジャクソン/創土社) というゲームブックで、ひとつ選択を間違えると問答無用で首をはねられたりするのがすごく怖かった記憶があります。
あと、ファミコン全盛期だったので、ドラクエ、ファイナルファンタジー等のRPGゲームなどに親しんできました。近年では『ICO』『ワンダと巨像』(デザイナーとして上田文人/いずれもPS2)が好きです。最近では『ゲーム・オブ・スローンズ』(ジョージ・R・R・マーティン原作/HBO配信) などを観ています。クセのある人間のオンパレードで、怖いけどついつい観てしまっています。
漫画作品では『進撃の巨人』(諫山創/講談社)『ベルセルク』(三浦建太郎/白泉社)などのダークファンタジーの世界観に一人の人間がこれを考え出せるのはものすごい…と尊敬しています。
――― 『ユグドラシルバー』の世界でも地図や王都の構造などは設定がおありなのでしょうか
設定も一応ふんわりとは考えてはいるのですが、建物の構造というよりは、各層にどんな人間が住んでいるか…みたいな内容の方が多くて、まだビジュアルとかはカッチリとは決めてないんです。多分上に行けば行くほど暖かくなると思うので、着ている服も変わってくるだろうな…とかそんなこと考えてます。

――― スティーブ=ジャクソンの『ソーサリー』! 思わず懐かしんでしまいました。二巻の「城塞都市カーレ」が難しかった記憶があります。ゲームブックやTRPGは結構プレイされていたのでしょうか?
僕も「城塞都市カーレ」の一歩間違えば即死するヒリヒリした世界観が一番記憶に残っていて、この作品も多分影響を受けていると思います。TRPGにはまったく触れたことはないのですが、もしハマっていたら創作するのにめちゃくちゃ役に立っただろうなと思いますね。
――― 『ソーサリー』というと日本のイラストとは違った絵柄の挿絵が印象的でしたが、作画的に影響を受けている部分もあるのでしょうか?(と言いますのは先生の絵柄からあまりスクリーントーンを使わない印象があり、ひょっとして海外イラストの影響も強いのかな?と思いました)
多分あると思います。海外の小説『指輪物語』の挿絵とかあとは『ムーミン』の作者のトーベ・ヤンソンさんのイラストが子供の頃からすごく好きでした。ちょっと版画みたいなペンタッチで、目を惹きたい所を白や黒でパッキリ抜いたり、とかそういうタッチがすごく好きで、白と黒だけで画面が成り立つような感じを漫画にも取り入れられたらいいな…と思っています。
――― 近頃マンガ市場で多く見られる「ファンタジー的な作品」では、作中の世界設定や強さのステータス化などに共通する部分が多く見られるなと感じています。一方先生の『わたしのカイロス』や『ユグドラシルバー』にはそれらとは違う、「純ファンタジー」と私たちが感じるような骨太さを読者として感じています。こういった認識がどのような場所から来ているのか、先生の方で工夫されている点はあるのでしょうか。
『わたしのカイロス』は星々を巡る話だったので、砂漠の国や水の国、火山の国など地形や気候が違えば人の暮らしや服装、住んでいる人の考え方も変わってくるはずだろうなと思いながら描いていた気がします。同じような感覚で、『ユグドラシルバー』でも一年中雪が降り続ける極寒の地だと人はどんな風になるのだろう?みたいなことを想像しながら描いています。
――― いちから世界を構築するのは本当に難しいことだと感じます。今作でこの世界構築がハマったというか手応えを感じたタイミングやアイデアはどんなところだったのでしょうか。
元々は「雪に閉ざされた世界を元に戻す」みたいな話を考えていたのですが、「城の頂上だけは春のまま」というアイデアを思いついたときは、上へ上へ登っていく視覚的な方向性もあるからこれはいいかも…?と思いました。
――― 先生が思うファンタジーの「お約束」的シーンはありますか?
ファンタジーのお約束…改めて聞かれますとなんだか難しいですね。王国の入り口に、ものすごく巨大な石像が対で立っているシーンなんか見るとこれこれこういうの!って思いますね。
――― 真っ直ぐな主人公に対して、悪役が本当に嫌な、あるいは不気味な存在として描かれています。主人公と悪役のキャラクターづくりで意識している点はどんなところなのでしょうか。
真っ直ぐすぎる感情はベクトルが違うだけで善にも悪にもなりえるなと思っています。愛のためには人を殺すことも辞さない、みたいな。主人公サイドと悪役サイドで違うことといえば、他人のために身を尽くす事ができるか、自分の都合しか考えないか、の違いかなと思っています。
――― 名脇役としてカッコいいおじさん、いやおじいさんが出てくることも先生の作品の特徴だと感じています。ここにはこだわりが・・・?
漫画よりも映画の影響だと思うのですが、『インディ・ジョーンズ』(ジョージ・ルーカス/シリーズ多数) の父親役のショーン・コネリーとか、『ロード・オブ・ザ・リング』(ピーター・ジャクソン/2001年公開) のガンダルフ役のイアン・マッケランとかちょっと肩の力の抜けたユーモラスなおじさんやおじいさんって、かっこいいときとのギャップがすごくいいんですよね。逆にかっこいい青年ってどう描くの…?って悩んだりします。
――― 確かにあまり青年らしい青年、特に男性はあまり見かけないですね。いわゆる青年期というものにどんなイメージをお持ちなのでしょうか。
僕自身も10代の頃とかはそうだったのですが、「根拠のない自信で突き進んでいくことのできる人間」という感じです。そこが良いところでもあり、まぶしくてうらやましさもあり、馬鹿でもろいところも兼ね備えている時期な気がします。と、ここまで書いてそういう人間も一度描いてみたいなという気持ちにもなってきました。
――― 見開きで描かれるコマが非常に気持ちいい作品です。コマ割りやコマ内でのカメラの位置についてどんなことを意識されているのでしょうか。
ありがとうございます。コマ割りは未だに勉強中ですが、ページの中にひとつでも印象に残るコマがあればいいなと思いながら描いています。『ユグドラシルバー』の1話は編集さんに何ページになってもいいですよと言われたので、つい贅沢に見開きバンバン使っちゃいました。あとは顔アップのコマだらけにならないよう、できるだけ全身が入るような引いた画面のコマを入れるように気をつけています。
――― 今作から特に先生ご自身が気に入っているページやコマがありましたら教えてください。
第1話の中ではガルに腕が生える直前の、ナルが自分をかばってくれるガルに心を許し、ありがとうと花が咲き乱れる一連のシーンが気持ちよく描けたかなと思っています。

――― マンガを描く上で影響を受けた作品はありますか(マンガに限らず小説や作品論等も含めて)
一番影響を受けているのは映画だと思います。特に『スター・ウォーズ』(ジョージ・ルーカス)『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(ロバート・ゼメキス) などの80年代のハリウッド作品。あとはジブリ映画、特に『天空の城ラピュタ』(1986年公開) が大好きでボーイミーツガール物が好きなのもここから来ているのかもしれません。『ユグドラシルバー』でも、つい空から女の子を降らせちゃいました。
――― いま読者として熱を上げているマンガはありますか。
最近ですと『とんがり帽子のアトリエ』(白浜鴎/講談社) です。漫画表現ってここまで自由なのかと毎回興奮しながら読んでいます。あとは『メイドインアビス』(つくしあきひと/竹書房)『宝石の国』(市川春子/講談社) などは感情を掻きむしられるような展開に身悶えしながら読んでいます。『ゴールデンカムイ』(野田サトル/集英社) の登場キャラの強さ、爆笑してしまいます。
――― ガルとナル、小冊子表紙でも対象的な外見の二人をそれぞれ描くにあたって気をつかっていることはありますか?
「ガルはどっしりと、ナルは軽やかに」を基本にしているつもりです。ガルの毛皮は若干ゴワゴワに、ナルの毛皮はふわふわした感じにとか…ですかね。ガルは老人ですがあまり顔のシワで表現しないようにとか、ナルは髪型をあまり固定せずいつも風になびいてる感じに…とか、細かいとこですとそういうところを気にしながら描いている時がすごく楽しいです。
――― ガル=ガルゥという反復が珍しくとても耳馴染みの良いネーミングですが、何か由来のあるものなのでしょうか。
キャラの名前って妙に凝るよりも、音的に覚えてもらいやすい名前が一番いいんじゃないかなと思ってます。ガルは犬が牙を向いて吠える感じの「ガルガル」から取りました。ガルは大型犬のイメージです。繰り返しの感じは富野由悠季監督のアニメ作品の影響です。「キッチ・キッチン」とか聞いたら一発で憶えてしまえるネーミングセンスがすごいなと思っています。
――― 「好きなものを」と最初のGOサインをくださった編集さんですが、その後はどのような打合せをされているのでしょうか。
いろいろな編集さんがいますが、『ユグドラシルバー』の編集さんにはやりたいことをそのままやらせてもらえていると思います。その上で、少年漫画的にはどう盛り上がればいいかとかアドバイスをくれたり、あと「このナルのコマめっちゃ可愛く描いてもらえると僕が嬉しいです」とか言われています。
――― 前作『わたしのカイロス』との共通点として、主人公の手足の欠損がストーリー進行の鍵になっています。そのことがただのハンディになるのではなく、様々な角度からの強さが描かれる展開が好きなのですが、何か先生のこだわりがあるところなのでしょうか。
特に欠損表現自体が好きというわけではないのですが、というか欠損表現も「痛い痛い!」と思いながら描いてたりします。でも多分自分は「失ったものを取り戻す」という話が好きなんだろうなと思っています。もっと言えば「何かを失ったけれど、諦めず頑張るうちにそれよりもすごいものを手に入れた」話が好きなのかもしれません。
――― 先生がマンガを描きはじめたのはいつ頃だったのでしょうか
本格的に漫画を描き始めてからは10年くらいだと思います。最初は小学生くらいの時に姉に見せて面白がらせるためにノートの片隅に描いていた程度で、それからは大人になるまで全く描いていませんでした。2000年代くらいになってインターネットが気軽に見られるようになってきた頃に、個人サイトとか同人誌とかいうものがあると初めて知って素人でも漫画を描いていいんだ!と描き始めた感じです。
――― 小学生くらいの頃に印象的だったマンガは?
鳥山明先生の『ドラゴンボール』(集英社)です。子供心にも鳥山先生のなめらかな線や、白と黒のバランスに惚れ惚れしたのを覚えています。あとは桜玉吉先生の『しあわせのかたち』(エンターブレイン)という漫画が好きでした。女の子とディフォルメの可愛さはかなり影響を受けていると思います。
――― 今後の作品発表の媒体として紙とwebとの差を意識することはありますか?
結構あります。ページ数の必要な超大作みたいなのを描こうと思うとやっぱり紙媒体かなと思いますし、流れの早いwebで作品を描くときは軽く読めるコメディの方が向いてるのかなとか思います。作品更新したときの反応や感想の早さはやっぱりwebの方が早いなと思います。
――― 書店に足を運ばれることはありますか?
書店は好きなのでよく行きます。ネットだとやはり自分の好きなものしか目に入らないのでアンテナを広げるためや、装丁も大好きなのでいろんな本の表紙を眺めてるだけでも楽しいです。
――― この作品を描かれるにあたって大事にしている信念のようなものはありますか?
シンプルに、「前へ進む漫画」であることを忘れずに思い返しながら、描いていきたいなと思っています。
――― 最後になりますが、これから『ユグドラシルバー』に触れる読者の方に一言お願いいたします。
担当の編集さんとも「テンポよくガンガン進んでいく漫画にしたいですね」と話しています。ガルとナルと一緒に、王都をどんどん駆け上って行く感じで読んでいただけましたらうれしいです。
からあげたろう先生、ありがとうございました!
先生のイラスト表紙が目印のまんきき34号の頒布店はこちらで案内しています